お母さんライトウォリアーが立ち上がる ウォール・オブ・マム ~その後のBLM運動

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最近のアメリカはどうしているのか

このところアメリカでは、毎日、いいニュースと悪いニュースとが沢山あって、てんやわんやです。日本のインターネットニュースを見ていると、起きたことしか報道されないことが多いので、一体、どうして起きるのかを解説します。まず、アメリカ人はコロナを予防する気があるのか無いのかですが、アメリカの世論を知るには、共和党と民主党の違いを考慮に入れる必要があります。

小さな政府・自由主義を掲げる共和党は、経済活動の自由を主張するため、一般的にコロナによる自粛を嫌います。マスク反対運動や反コロナパーティーが起こるのは、共和党が強い、いわゆるレッド・ステートであることが多いです。しかし、今ではレッドステートの中にもマスク着用を義務付ける州が出てきて、ついにトランプ大統領も愛国の印としてマスクを着用しましたからね。

一方、民主党が強いブルーステートでは、マイノリティを尊重する人が多いので、BLMから発展した暴動が起こりがちになります。

red states vs blue states – Wikipedia

BLMに関連して、警察の予算削減を求める声があちこちで上がりました。日本人からすると、警察の予算を削減するなんて信じられないですけど、現地の人の感覚では、警察に予算を使い過ぎて、教育改革やホームレス・貧困対策がおろそかになっていると見るようです。犯罪の原因は犯罪者なのか、それとも貧困や教育の不平等なのかという究極の問題があるわけです。日本人の感覚に置き換えると、「自衛隊の予算を拡張するくらいなら、少子化や雇用対策に充てたらどうなのか」と考えるのに近いみたいです。

 

 

Qアノンアカウントの大量削除について

つい先日、アメリカのTwitterが、Qアノン関連のアカウントを削除したことがニュースになりました。Twitter社の発表によると、この措置は暴力やヘイトツイートを煽るアカウントを取り締まった結果だそうですが、その背景にはクリッシ―・テイゲンというジョン・レジェンドの奥さんが、小児性虐待グループと関係していると考えたQアノン信者から猛烈な攻撃を受け、100万人分のアンチアカウントをブロックしたという事件があります。

クリッシ―・テイゲン – Wikipedia

攻撃的なツイートの嵐が起きたきっかけは、さざ波のように小さな誤解が重なり、やがて大波になったようですね。すべての事情に詳しくない私が途中から首を突っ込んでることを承知で言うと、直接のきっかけは、クリッシ―が自分の子供にホットドッグやアリスの着ぐるみを着せた写真をTwitterにアップしたことにあります。アリスとホットドッグがそれぞれ小児性愛の隠語だと考えた活動家の人によって拡散され、やがて大量の嫌がらせツイートが殺到するようになりました。なにしろ食事の写真をアップする度に、「子どもの肉に違いない」と言う人が大量に現れたそうですから、うんざりしますよね。

今回は、Qアノンに関連するアカウントが7000件も削除されたそうですが、ニュースを見渡すとムーブメントの縮小にはつながらないだろうとの見方がほとんどでした。他にいくらでもネットワークは作れますからね。

Qアノンについては以前にも書きましたけど、トランプ氏と共に悪のエリートを倒すために団結している人たちです。悪を倒したいと思うのは自然な感情だと思いますけど、不確定の要素に基づいて悪だと決めつけるのは混乱の元です。悪を憎むあまりヘイトをまき散らしても、世界はよくならないんですよ。難しいところですね。

これもおすすめ:Qアノンとグレートアウェイクニング : ポップカルチャーとしての陰謀論 その1

アメリカ人のほとんどは、民主党だろうと共和党だろうと、おおらかでユーモアがあって、良い人たちです。でも、集合としてのシャドーの部分があって、それが極端に現れると、やたら権利を主張したり、白人至上主義だったりとして現れます。たとえば日本だったら、国民のほとんどは礼儀正しくて親切な人たちですけど、集合のシャドーとして、どこか閉鎖的で陰湿な部分があると思います。Qアノン支持者にはヘルシーな人もたくさんいると思いますけど、ディープステートの闇を暴くことを掲げる一方で、自分たちの闇も自ら明らかにしてしまうという予想外な結果が、アセンション/シフトの興味深いところだとと思います。

シャドーにどう立ち向かうか(もしくはかわすか)は、人によってまたは人生のステージや目的によっても違いますよね。ライトワーカーは、光を蓄えることもできれば、辺りを照らすこともできます。光は使えば使うほど、強くなります。

 

 

ウォール・オブ・マム

今はポートランドが燃えてるみたいですね。ウォール・オブ・マム(ママの壁)というお母さんたちによる市民団体が、介入してきた連邦政府と戦うと言うAKIRA的な世界観になっています。

なぜ、お母さんが出て来たかと言うと、元々はジョージ・フロイドが亡くなる前につぶやいた「お母さん…」の言葉がきっかけとなったそうで、すべての子どもたちを守るべく人種差別の撤廃を求めて立ち上がったのだそうです。ホームページには、こう書かれています。

すべてのキッズを守るために、ママたちのウォリアースピリットを召喚します。

連邦政府/警官がガス弾を投げ、銃を撃つなら、私たちが盾になります。

これは、ただ声を上げているだけの運動ではありません。

思わず、「おかーさーん!!」と言って、泣きながら駆け寄りたくなります。このウォール・オブ・マムは、白人のお母さんたちによって結成された人権団体でしたが、マイノリティーの権利を守る団体をマジョリティ―が仕切るのはよろしくないとして、BIPOC(Black, Indigenous, People Of Color、非白人系の総称)や、ノンバイナリー(男性でも女性でもない第三の性)のお母さんたちに主導権が渡されたそうです。新しい呼び名がどんどん現れるのはアメリカっぽいですけどね。彼女たちの愛に溢れたパワフルな主張は、あらゆるギャップを超えて、お母さんとお母さんを愛する人々に伝わり、活動の輪を広げているとのこと。こういうニュースは元気が出ますね。

wall of moms

その後のオークランドBLM

私の住むオークランドでは、すっかり平和な毎日が戻っています。オークランドは、シカゴ、デトロイトと並んで、トランプ大統領から地獄呼ばわりされてしまった悪名高い土地ですが、地元ではファンドレイジングをして中小ブラックビジネスを支えたり、アートプロジェクトに昇華させるという地道な解決法を編み出しています。自治体も協力的で、カリフォルニア州の緊急事態が終わるまで、フードスタンプや家賃支払い延期が保証されていますが、とは言え、経済的な問題は山積みですけどね。

昨日は、地元の教育支援のためのチャリティコンサートがオンラインで開かれました。言ってみれば市民コンサートですから、規模的には小さなショーだったのですが、なんとスティービー・ワンダーが出演するという、アメリカならではの豪華さがありました。日本では外タレも、ここでは内タレですからね。

ちなみに、スティービー・ワンダーと言うと、多くの人が下の写真のような姿を想像すると思いますが、

Stevie Wonder – Wikipedia

最新のスティービーは、ボブ・ディラン並みに枯れてます。でも、ライブは恰好よかったです。

音楽とアートは人々の心をつなぐと言いますけど、こんな時だからこそ、余計にそう感じます。

 

 


そして、こんな時だからこそ光を高く掲げましょう。おかーさーん!!

お母さんライトウォリアーが立ち上がる ウォール・オブ・マム ~その後のBLM運動」への3件のフィードバック

  • 2020年7月25日 11:10 AM
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    お母さんの壁がすごいですね。
    誰も頭が上がらないです。
    地球の問題が一氣に解決しそうです。
    (前から、国家予算は一般のお母さんが
    決めたらいいのにと思ってました)
    さてシャドーの問題について
    最近超常戦士のケルマディックさんの
    お話を伺ったんですが
    アーシングで癒せるみたいです。
    地球とは偉大な母ですが
    この母最強に強くって
    なんでもかんでも癒すんだそうです。
    アーシングで地球の大元にまで行って
    母に頼めばいいらしいのです。
    靴を履いていてもいいみたいだし
    世界平和を叫ばなくていいし
    対立する必要もないです。
    アローンで出来るのでどうでしょうか。

    https://open.mixi.jp/user/24566070/diary/1976326978

  • 2020年7月30日 9:00 AM
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    書き込んで下さいと言われましたので。。。

    母の愛。父の背中。

    母と父の役割は違うそうです。

    子供の成長には、母と父。どちらも必要で、父は何も言わずにその背中で社会の規律を教えます。

    母は、何度やっても何度やっても、許し続けて、見返りを求めず、ただ愚かに子を信じ抜き、愛し続けます。

    父の究極の愛は、仮面を脱ぎ捨て、その全てをさらけ出し、血だらけになりながら、社会から妻と子を守っているところにあります。

  • 2020年7月30日 9:21 AM
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    そして、母と父の愛は続いていきます。

    子を信じ抜き、盲目に愛を与え続けていた母は、子が自立し、自律していけると本能的に感じとった瞬間から、自ら子から離れていきます。

    そんな母の淋しさに、父がそっと寄り添います。

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