持続可能なライフスタイルを目指して
1960年代から70年代にかけて、アメリカは激動の時代でした。ベトナム反戦運動、男女平等、公民権運動など、新しい社会のあり方を目指す人たちによって、社会は大きな変革を遂げました。資本主義や大量消費社会のあり方に失望した若者たちが、全米各地でコミューンと呼ばれる生活共同体をスタートさせたのもこの頃です。彼らが理想としたのは、従来の生活規範や因習、ジェンダーロールに縛られることのない、より自由で平和なライフスタイルでした。当時、アメリカには 3,000 ものコミューンが存在したと言われます。その多くはすでに解散しましたが、最盛期からあるコミューンの中で最も有名なのが、テネシー州にあるザ・ファームです。
ザ・ファームとスティーブン・ガスキン
ザ・ファームは、サンフランシスコ・ヒッピーカルチャーを代表する人物の一人、スティーブン・ガスキンの理念によって生まれました。
市立大学でライティングの授業を教えていた彼は、ヒッピー文化と出会う中で大きな啓示を得、やがてオーラや占星術、仏教、キリスト教、ヨガやタントラ、神秘主義、テレパシーやサイキックパワーなど、東西のあらゆるスピリチュアリティを網羅した講義を行いました。最盛期には1500人もの会衆が集まったと言われます。しかし、新しい時代を切り開くと思われたヒッピーカルチャーがドラッグによって退廃していくことに失望した彼は、約300人の信者を引き連れてテネシー州へ向かい、愛と自由と平等に基づく共同体、ザ・ファームを立ち上げました。1971年のことです。
ザ・ファームの運営理念
彼らは、ヴィーガニズムに基づく自給自足と共有財産制を基本理念に掲げました。日常生活を営む上でメンバーがお金の心配がないように作物やジャムを売ったり、コミュニティ外で働いたりして得た収入を共同財産としてプールし、運営資金に充てたのです。コミュニティはほぼ外部から独立した町として暮らせるよう設計され、敷地内にはFM ラジオ局、太陽熱を利用した学校、診療所、大豆製品工場、パン工場などがありました。また、彼らにはスピリチュアルコミュニティとしての側面もあり、日々のスケジュールとしてヨガや瞑想を行ったほか、日曜の日の出時刻にはスティーブンによる全体礼拝が執り行われました。
一方で、現在のモラルに照らすと、眉をひそめそうなこともありました。それはイニシエーションとしてLSDの摂取が行われたこと、そしてタントラヨガの実践者であったガスキンが、婚姻関係におけるパートナー交換や共有を奨励していたことです。人工中絶は固く禁止され、生まれた子どもたちを共同で育てる取り組みを行いました。さらにコミュニティ外部から、理由があって子どもを育てられない妊婦たちの出産手伝いまでも引き受けました。
なぜユートピア共同体は失墜したか
このような共同体があれば、行ってみたいと思いますか?生涯暮らすのは無理でも、一度は訪れてみたいと考えるのは、あなただけではありません。ガスキンは、ザ・ファームへの入居希望者を拒むことはありませんでした。誰でも手ぶらで訪れ、共同作業に従事する代わりに、無償で食事とベッドを提供してもらうことができたのです。ピーク時には居住者の数が、約 1,600 人にも上ったと言われます。
しかし、当初300人が暮らすように建てられたのですから、明らかにキャパオーバーでした。運営の資金繰りは悪化し、1980年代初頭には破綻してしまいます。ガスキンはリーダーシップから外され、民主的に選出された委員会は住民に月額料金の支払いを要求するようになりました。これらの変化に失望したメンバーの多くがザ・ファームを去り、一時は解散も同然だったと言われます。
なぜ彼らのコミュニティが失敗したのかについて、かつてのメンバーによる考察がいくつか残されています。その理由を要約すると、以下のようになります。
- カルト効果: ガスキンと親しいグループが優遇される中、メンバーは集団志向に陥り、リーダーである彼の欠点を見落とした。
- ずさんな金銭管理: 共有財産の理念に関わらず、ガスキンが広報と称する活動に大金を費やした。
- ヒエラルキーの否定: 年齢に関係なく投票権を与えたため、経験不足の新参者が幅を利かすようになった。
- 世代間の連携の欠如: 権力を手に入れた若者は、経験ある高齢者の智慧に耳を傾けなかった。
- バブル効果: 自分たちの世界に閉じこもり、外からの情報が届かず、社会の急激な変化についていけなかった。
- 変化への忌避: 変化の必要性を主張する人は、保守的な住人からやんわりと拒絶され、コミュニティを離れることを余儀なくされた。
これらは彼らの特殊な事情に起因する事項ではなく、運営が行き詰った共同体にはよくある症状なのではないかと思います。
ザ・ファームが生き残った理由
しかし運営破綻後、彼らはそのあり方を変えることで劇的に再生しました。居住者から徴収した月額料金によってインフラを整備し、コミュニティ内外でのビジネスも盛んになりました。物々交換ではなく、個人財産の所有と貨幣経済が導入されたのです。また訪問者の人数と滞在期間を制限するかわりに、エコビレッジとしての知識を活かしたワークショップやセミナーを始めました。ヴィーガニズムの実践は緩やかになり、婚姻制度も一夫一妻制へと自然と変化しました。
このように見ると、当初のワイルドな夢からナイーブさをそぎ落とし、より実践的で持続可能な形に作り変えたことが、ザ・ファームの成功がにつながったと言えます。
現在も居住するメンバーの考察によると、最終的にコミュニティをひとつにまとめたのはスティーブンの教えではなく、より普遍的な価値だったと振り返っています。それは次のようなものでした。
- 平和と非暴力
- 自然に対する尊敬と、土地の守り手である自分たちの役割を理解すること
- 互いを敬い、それぞれの道を尊重する責任
現在も、ザ・ファームには200人ほどの居住者が暮らしています。変革には起爆剤が必要であり、それを維持するために何が不要になり、何を残すのか。彼らの歴史には、新しい社会を目指す上で様々なヒントが隠れているように思います。
宇宙のジュース
ガスキンは指導者の座を退いた後もザ・ファームに残り、2014年に亡くなりました。ガスキンなくしてザ・ファームが設立されることはなかったでしょう。彼が多くの会衆を魅了したのは時代のグッドタイミングもありますが、彼の講義がそれほど革新的で、得るところが多かったからと言えます。
ガスキンは、よく講義の中で「ジュース」という言葉を使いました。それは酸素や水のように私たちの生命維持に不可欠な、見えないエネルギーです。ちょうど宇宙のエネルギーやライフフォースにも似ていますが、「ジュース」は人々の間にも、森の中やテレビの中にさえもあると彼は言いました。それがないと気分が悪くなったり体調を崩すため、誰もが無意識のうちに求めますが、個人で所有することには意味がなく、みんなで共有するものです。
まるでなぞなぞのようですが、答えはありません。ガスキンは「ジュース」の正確な定義を残さなかったからです。けれども、そこにはザ・ファームを生み、前進させた原初のエッセンスが含まれているように思います。あなたなら「ジュース」は何だと考えますか。
参考資料:
What Happened To America’s Communes? by Russell Flannery, Forbes Apr.11, 2021
Why The Farm Collective Failed by Melvyn Stiriss, Communities Magazine, Fall 2017
Why The Farm Survived by Douglas Stevenson, Comunities Magazine, Fall 2017
Mind At Play, Steven Gaskin, 1980
スティーブン・ガスキンの講義録『Mind At Play』は、今年のマイベスト3に入る面白さでした。彼の思想の面白さもありますが、深遠な理想がいかに現実の中で機能しなくなっていくかが垣間見え、その人間臭さこそ人間として生きる醍醐味だなと、改めて思います。
『愛』でしょうか。
「『愛』がないと気分が悪くなったり体調を崩すため、誰もが無意識のうちに求めますが、個人で所有することには意味がなく、みんなで共有するものです」
所有という概念がある次元では一夫一婦制でないと支障があるかもしれませんね、早すぎたというか、、、。わたしも昔、恋愛や夫婦、家族についての持論を言って呆れられました。それでもやっぱり思うんです。変動する周波数に完全に合致して生きるようになったら、一夫一婦制は難しいんじゃないかと。