本当に効果のあるコードカッティングの3つのやり方

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エーテルコード

エネルギーとしての私たちには、肉体のように個体を分ける明確な区切りがありません。すべてがエネルギーとしてつながっている様子を、海のようだと言う人もいれば、網目のようだと言う人もいます。

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そのつながりの中で特に強いものは、個人の間のエネルギーも濃密になり、エーテルコードやエネルギーコードと呼ばれる状態になります。つながりが愛情や友情、思いやりなどを通じるゆるやかなものであれば、心の絆と言い換えることも出来ます。

けれども、不必要に苦しいつながりもあります。過去に起きた出来事や関係に囚われていたり、マインドをハイジャックされたように何かが気になって、生活に支障が出るような場合です。それが何であれ消耗してしまうのであれば、あなたのエネルギーにとってダメージとなります。身体のためにも、精神・感情な幸せのためにも、エーテルコードをカットする必要しましょう。

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コードカッティングが必要な兆候

コードカッティングが必要になるのは基本的に、何かに囚われてしまったり、他のことが手につかなくなったり、考えることであなたの中にマイナスの感情が生まれる場合です。それには以下のような例があります。

  • 過去の出来事や人間関係にまつわる悲しみ、怒りなどの感情に囚われる
  • 過去にされた不当な扱いを常に意識してしまう
  • 過去に経験した恥ずかしさで苦しむ
  • 激しい怒りに駆られ、復讐を考える
  • 特定の人と頭の中で会話を繰り広げる
  • SNSを通じてストーカーのように誰かをチェックしてしまう
  • 過去に言われた言葉が今でも気にかかる
  • 過去に囚われ、先に進むことが出来ない
  • 自分のためにならない関係から抜け出せない
  • 自分を傷つけた相手を許せない
  • 気になることがあると眠れなくなる
  • 過去に言われた言葉により、今も自分を批判的に見てしまう

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関連記事:  気付いたら早めにケアしよう 気分が落ち込む前の9つのサイン

コードカッティングの方法

1.一般的な方法

目を閉じて、自分の体から伸びているエネルギーコードを視覚化してください。一本だけとは限りませんし、コードがつながっている相手をイメージする必要もありません。ただあなたから伸びるコードが、あなたの断ち切りたい相手や状況に向かって伸びていることだけを意識してください。

コードの色や材質、形状は、相手との関係に応じて様々に現れます。正解はありませんので、思いつくままにイメージしてください。エクササイズを効果的にするために、あなたが経験したことに対してオープンでいてください。

落ち着いたら、手に大きな黄金の剣を思い浮かべてください。この剣があなたの手の中を流れる力を感じましょう。この剣は大天使ミカエルが使う、とてもパワフルな剣です。その力を感じながら、一気にコードを断ち切りましょう。

またこの方法は、大天使ミカエルにお願いしてコードカットをしてもらうこともできますし、あなたがカットする間、そばにいて守ってもらうこともできます。

2.バンジーコードを外す方法

コードが結ばれている様子をイメージする場合、一般的にはチャクラやオーラから伸びていると考えることが多いですが、コードをカットした後の切れ端については、あまり言及されません。チャクラやオーラからコードの切れ端がだらんと垂れ下がったような状態なのか、切り口が残るのか、それともカットすることで根っこから消えてなくなるのか考えてしまいます。

そこで、エーテルコードをロープのようなものとして思い描くのではなく、バンジーコードとして思い描くと、ひっかかっているフックを外せば、びよーんと戻っていきますので、イメージの処理が簡単です。

バンジーコード Wikipedia

いずれにしてもイメージに正解はありませんから、あなたにとって最もしっくり来る方法をアレンジしましょう。

3.代表を立てる方法

また別の方法として、自分と相手の間に結ばれたコードを直接イメージするのではなく、マインドの中で代わりのイメージを使うことも出来ます。ちょうど人形劇のように、あなたと相手が並んでいて、その間にコードが結ばれている様子を思い描きます。

あなたと相手の人を表すのに、ここでは棒人間を使いましたが、もちろん普通のままイメージしてもいいですし、たとえば二人が写っている写真があれば、そのイメージを使うことも出来ます。

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コードをカットしたら

コードをカットしたら、その残骸ああなたの身体から離れるとき、宇宙から白い光をクラウンチャクラから背骨に下し、ルートチャクラから地面へ抜けます。光の帯のような白いエネルギーがあなたに降り注ぎ、内側から心地よい光で満たされることを感じてください。体の中で重く感じたり、違和感を感じる部分があれば、よく光を当てて、氷を解かすように癒しましょう。

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もう大丈夫だとと感じたら、そのように自分に言い聞かせてあげてください。あなたは常に光に守られ、安全です。これからも幸せになる選択をし続けていきましょう。

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Nao

コードカッティングの後、光を当てて、自分を癒すところも大切なんですね。
メタさん、シンプルな言葉ですが、いつもありがとうございます♪

aohana

かっこよさげに書かれてますが、要するに「逃げてる」だけですよね。

私は「逃げて」いたがためにスピリチュアルに出会いました。

「逃げる」という選択肢は、もちろん時に有効ですが、全体的に見るとやはり遠回りで、同じ課題に繰り返し出会い、ハードルが高くなっていく例の悪循環に堕落している状態に、客観的に気づけなくなる。

いちばん早いのは、

・悪手をした自分
・意地の悪い自分
・恥かしい自分
・選民意識に踊っていた自分
・狭い分野の浅い知識で教養人気取りの自分
・愚かでバカで頭悪かった自分
・弱かった自分
・罪を犯した自分
・傷ついて苦しんで逃げていた自分

を、ありのまま丸ごと認め、反省し、懺悔し、もう一度立ち上がって地道な道を再構築することしかないかな。

「ありのままの本来の自分を思い出す」
って、結局のところ、そういうことですよね。

それに気づかない限り、勘違いスピリチュアルリーダーの道へまっしぐらだなと思います。

で、実際に「そういう人」だらけ。

まわりでも、どんどこハマってる人が増えてる(笑)

これまで目の中に入って来てた全てのスピリチュアルリーダーの正体が、実は自分と似たような「逃亡者」であったことが、見えるようになってきました。

出版ビジネスはうまい具合にスピリチュアル商売で稼げてるので、ソッチ系の人間はいくらでも垂らしこみますね。

ヒット作を生み出す広報手法も確立してるし、それをやる専門の会社もあるくらいです。

スピリチュアルも、きっちりメディア洗脳の餌になってます。

善意のつもりが、他を洗脳する手先として踊ることに生涯を費やすか?

それとも、地味だけど「本当の親切と心の交流」の道に踏み出すのか?

偽りの善意をブラブラと腰まわりにぶら下げて、閉じたコミュニティの中で褒めあい互いに堕落しあうのも、ひとつの道ではある。

選択はどこまでも個人に委ねられている。

人生は、つまるところ、超自由ですね。

aohana

スピリチュアルオタクの人って、自分もそうだったけど、スピリチュアル系の書籍は大量に読んでますね(笑)

というか、脳が変性意識状態になってるので、そっち系の本しか読めない位の状態になってる&なってたはずでしょう?

それがまさに自家中毒の自己洗脳を誘発し、かつ継続させている要因のひとつ。

客観的に現実を直視するなら、古今東西の幾万の書も読めていない身で、半可通もいいところです。

本当の教養や智慧とは似て非なるものだった。

自己洗脳が解けたら、自分の増上慢と半可通にも気がついて、顔から火が出るほど恥ずかしくなりました。

一時はスピリチュアルや神秘思想、宗教の本なら、1日に5冊以上でも読めましたけどね。

今はようやく、スピリチュアル以外の本を読める脳状態が戻ってきました。

つまり、スピリチュアル思想以外の多様な「ものの見方」を吸収する素地が戻ってきました。

それと同時に、サイキック能力も消え、かつ、手放していきました。

サイキック能力はむしろ発現しない人物の方が「佳き道」を進んでいると言えると、今では思います。

チャネリング能力や霊能力は、増長を戒めるための試練としてしか起きません。
これは太古においても、人間が「神」を降ろしだした頃よりそうであったと思います。

「宇宙人との遭遇」も「集団幻覚」も、フィジカルにしか見えない幻覚体験も、一度実際に体験して、発生のメカニズムが分かるようになると、奇跡でもなんでもない、ということがガツンと腑に落ちました。

「不思議な現象は起きる。ただそれだけ」
なんだよなあ。

aohana

「コードをカットする」
って、関わってくれた他者に対して失礼な態度というか、「未だ感謝できていない」という状態なので、いくらカットしようが、結局できないんですよね。

自我(エゴ)はごまかせても、真我はごまかせないから。

自分で自分を罰し続ける。

「嫌だな」と思った相手を嫌だと思っている内は、未だ何も分かっていない状態。

どんなに憎い相手でも「教えてくれてありがとう」と奥底から思えるか、縁の糸を完璧に看破するところまで到達しないと、本当にカットすることはできないなあと思います。

もやもやと「嫌だな」という気分が湧いてくること自体が、実は非常に優良なヒントなので、意識から除外してカットアウトしている限り、いっこうに解決しない。

見せかけの解決は訪れるけど。

対処療法だけで今生を終わらせてしまうか、今生で根治までやり切るかの差かな。

aohana

スピリチュアルオタクの人って、みんな排他的。

その要因のひとつが、こういう「コードカッティング」的な考えが根っこにあるなあと思います。

自分もスピ思想にそそのかされて、ばしばしコードカッティングしてたなあ(笑)
ただの傲慢な勘違い野郎でしたわ。

「コードカッティング」なんて、かっこいいネーミングにしないで

「私は心が狭い」
「私は器が小さい」
「私は許容範囲が狭い」
「私はビビってるから逃げたい」

と表現したら、ちゃんと実態が客観的に掴めるのに(笑)

スピリチュアルって、言語詐欺のひとつでもあったんだなあと、感心すらしてる。

うまいことオシャレに言うてるだけ(笑)

ブランディング効果すごい(笑)

パッケージ変えるとクズ茶が高く売れるのと同じ効果。

もはや人間が面白くて楽しい(笑)
自分、こんなに洗脳されてたんか〜と気づくのが面白い。

スピリチュアルに人生や大金を注がずに済んで良かったです、マジで。

miko

子供の頃、学校が嫌で嫌でたまらなかった。

名札の上の校章の横に、学級委員やスポーツテストの級のバッチを付ける風習。

漢字テスト。縄跳びテストにも級があって、それが棒グラフになって、教室の後ろに張り出される。

中学生からは、中間、期末、実力テストの点数と順位がプリントにして、みんなに配られ、親が見たというハンコの提出。

誰かが最下位になるのは決まっているのに。。

今だに競争が嫌いでトラウマになっています。

どんなに、ちゃんと聞いてても、先生や友達の言うことが理解出来なくて。。

特に、運動神経が悪くて、体が全然、動かなくて、みんなから笑われた。。。( 大人になってから病気だったと言うことが分かったんですけど。)

こういう思い出は思い出した時、あーあー、そういうこともあったなと、心が揺れなくなった時、コードが切れたというのかな。。。

と、思いました。

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