ヒッピーコミューンの暮らしが分かるドキュメント映画 おすすめ3選


「もうこんな社会、こりごりだ!辞めてやる!」と、何もかも投げ出してしまいたくなる時が、誰にでもあると思います。こんな生活を送るくらいなら、貧乏でもいいから、街を離れて農業でもやりながら、ゆっくり暮らしたい…。

そんな夢を叶えた若者たちが、かつてのアメリカにはいました。ヒッピーと呼ばれる人たちです。資本主義社会に嫌気がさした彼らは、髪とヒゲを伸ばし、仲間たちと自給自足で新しい生活を始めることにしました。そのようにして作られたのが、コミューンと言われる共同体です。当時の暮らしぶりが分かるドキュメンタリーをご紹介しましょう。

1.アメリカンコミューン(2013)

現存する最古のコミューンと言われるザ・ファーム。 このファームは、リーダーにして伝説のヒッピー、ステファン・ガスキンの「コミューンは常にオープンであるべきだ」という理念に基づいて設立されました。誰がいつふらっと来ても泊めてくれるし、食べる物も分けてくれるという理想郷を作ったのです。

しかし、最盛期には1500人を超える定住者と、年間4000年人もの訪問者がいたにも関わらず「誰でも無料」の理念を掲げていれば、 当然、財政難に陥ります。そのため多くのメンバーが、外の世界へと離れていきました。このドキュメンタリーは、ファームで育った姉妹が、かつて暮らした仲間たちと自らのルーツをたどる旅であり、再生の物語でもあります。

ファームのすごいところは、現在ではエコビレッジの作り方を教えるワークショップを開き、創立精神と理想を広めているところです。 私もアメリカに来るときに、最初に住み込み先を考えたのがこのファームでしたが、農作業経験がない&運転免許がないという都会のモヤシっ子的理由により断念しました。

ザ・ファーム ホームページ

2.ソースファミリー(2012)

真ん中にいる、いかにもグルっぽい人物が、やはりリーダー。

かつてロスアンジェルスにあったコミューンの中で、もっとも有名だと言われたソースファミリー。コミューンを維持する上での財政を、LAサンセット通りで経営する人気ベジタリアンレストランでまかなったことが画期的でした。

今はなきそのレストランは、ジョン・レノンをはじめとして、ハリウッドからもセレブリティが訪れ、ウディ・アレンの映画「アニーホール」の撮影にも使われています。有名だったんでしょうね。

「アニーホール」でウディ・アレンが立ち寄るレストランが、ソースレストラン。

ソースファミリーは、カリスマ的なリーダー、ファーザー・ヨッドを中心にしたコミューンです。メンバーは、コミューンに迎え入れられると、ファーザーから”ファミリー”ネームをもらいます。ファミリーネームは、たとえば「スノー・ザ・アクエリアン」、「イシス・ザ・アクエリアン」など、ヒッピー風味のファーストネームの後に、「ザ・アクエリアン」のミドルネームとラストネームが付きます。 これはちょっと楽しそう。

いかにもカルト然とした装い。日本でこんなことやってたら、通報されそうです。

また指導者のファーザー・ヨッドは、コミューンのメンバーたちとサイケデリックバンド、ヤホワ13を組むなど、 彼らが当時の文化に与えた影響は計り知れないと言われます。

この和気あいあい。

しかし一見、怪しそうに見える指導者のファーザー・ヨッドが、やっぱり怪しかったことが分かります。途中から、禁断のセクシャルイニシエーション系グルに転向してしまったんですね。創立メンバーの多くがファミリーを離れ、ほどなくファーザーもハンググライダー墜落事故により急逝します。打ち上げ花火のように派手に打ちあがって、パッと散って行ったのでした。

3.コミューン(2005)

最後は、マウントシャスタのふもとにあるブラックベア・ランチというコミューンを扱ったドキュメンタリーです。 この場合の「ランチ」は、昼飯じゃなくて、牧場の方です。 ロケーションと名前を聞いただけで、雰囲気良さげですよね。

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しかしこのブラックベアランチは、チェ・ゲバラの革命精神に則って創設され、ブルジョワ的であるという理由から男女交際を禁止するなど、思想的にはかなり過激だったようです。 さらに、当時はヌーディストコミューンのようになっていたようで、過去映像の中に登場する人たちは、老若男女、ほとんど服を着ていません。

ぜひやりたいと言う人と、ケガしそうだから嫌だという人と、意見が分かれそうです。

当時から今に続くコミューンのひとつですが、その過激さがたたってか、新しいメンバーや訪問者の募集は停止しています。あと、最近ではみんな服を着ています。

ブラックベアランチホームページ

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夢のあと?来るべき新世界?

これらのドキュメンタリーは、既にコミューンを離れたメンバーの手によるもので、かつてへの反省や悔恨を見せながらも、全体的には古き良き時代を懐かしむトーンとなっています。「あんな暮らし、もう出来ない」と言いながら、「それでもあの頃の俺たち、輝いてたよな」的な。

どんな人生とも同じで、最初に夢見た通りの生活を続けられるものでもないみたいですね。上記一本目に挙げたファームが生き残れたのは、自分たちの理念に忠実で、共同生活をする上での技術や知識を蓄えていた上に、商才のある人が現れたという最強3点セットが背景にあったように思います。なかなか揃わないですからね。コミューンの創業理念と商才は、たいがい相容れませんから、いかにマッチさせるかが生き残りの上で重要なようです。

ただドキュメンタリーを見る限り、理想を掲げて社会を飛び出した人たちが、たとえコミューンに夢破れ、元の社会に戻って来ても、その理想自体が失われる訳ではないように感じました。ただ表現の形と、それを実現させる場所が変わるだけです。コミューンを離れた人たちが、当時学んだスキルを元に、自らのキャリアを築いているケースが多くありました。

そして、コミューンというライフスタイルは非常に特殊なことのように見えて、最終的には、そこにただ人間の生活があり、喜びや痛みがあるだけなのだとも感じました。

世の中に、これほど多くの人がいるのに、幸せや成功の形がたった一つしかないのは、ばかげています。やらない人生より、やってダメだったら、また別のことをやればいいじゃない。 そんなフレキシブルな時代になったらいいのになと思いました。

なお、ここでご紹介したドキュメンタリーは、以下のリンクより視聴可能です。

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prelude

紹介された中で、自分も入れそう?と思ったのは1番のアメリカンコミューンですが、
「コミューン」という言葉のイメージがすでに閉じている、というか、
村上春樹さんの小説を思い出して、なんか閉塞感を感じてしまう(;^_^A

「コミューン」という場所に行っても行かなくても、自分に心地良い場所を探しているのはみんな一緒ですもんね✨
家庭菜園楽しいですよ(o´∀`)b♪