子どもの頃の記憶に還る

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旅の物語のプロローグ

スピリチュアルの道のりは、子どもの頃の感覚へと還る旅路のようだという話を、最近、何人かの方から伺う機会がありました。同じ気付きを旅路のどこかで手にした人は、他にも多くいると思います。それについては、きっとみなさんそれぞれが興味深いエピソードを持っていらっしゃることでしょう。

ある人にとっては、全ての筋書が明らかになるようなものであり、ある人にとっては、断片的な手がかりに過ぎないものかも知れません。でも誰にとっても子どもの頃の記憶は、自らの旅路の物語のプロローグになるように思います。

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子どもの私が考えた祈りの言葉

私は、まだ一人では散歩に行かせてもらえないような小さな頃から、お寺や神社やお地蔵さんにお参りをするのが大好きでした。おじいちゃんやおばあちゃんが私を散歩に連れ出してくれるのですが、途中にお参りポイントがあると、どうしても寄ると言って聞かないのです。彼らに一円玉や五円玉をねだってはお賽銭にし、あちこちにお参りするのが私の日課のようになっていました。

やがてその趣味が高じ、小学生の頃には、自分の内面の”神さま”と話すようになりました。困ったことがあると、”神さま”に相談して答えをもらったり、どこかにお参りに出かける代わりに、自分の中の神様に捧げる礼拝を毎日するようになりました。

こうして書くと、不思議なエピソードのように聞こえますが、私にとっては、とんだ黒歴史でした。もちろん、これぞスターチルドレンと言えますけど、まかり間違えば、ホラー映画に出て来るオカルトキッズですからね。誰かに話したことはありません。

けれども、アメリカでシャーマン教室に通ったとき、この時の記憶が蘇るような経験がありました。シャーマンは儀式を始める前に、全員で輪になって手をつなぎ、大地とスピリットに祈りの歌を捧げます。その時の歌が、子どもの頃の私が考案した”神さま”召喚の言葉と、ほぼ同じだったのです。

Beauty’s on my right side. Beauty’s on my left side. Beauty’s in front of me. Beauty’s behind me. Beauty’s above me. Beauty’s below me. Beauty’s inside of me. Beauty’s all around me. (美しさは、私の右にも左にも、前にも後ろにも、頭上にも足元にも存在し、私の内面にもあり、すべてを取り囲む)

シャーマン教室の先生は、アルゴンキン族の血を引くとのことでしたが、彼女の伝統ではフォー・ディレクション(左右前後)と、大地と空、それから自分の内面と身の回りの全てのスピリットに祈りを捧げる歌を歌うのだそうです。子どもの頃の私は、この歌詞の”Beauty”の部分を”神さま”に置き換えた祈りの言葉を、自分の礼拝で唱えていました。 私の”神さま”は、インディアンたちのスピリットと同様、フォーウィンズ(東西南北の4つの方角)から守り、言葉を伝えてくれる存在でした。

「なんと!私の前世はインディアンのシャーマンだったのか!」と考えられるほど、私はスマートでないのが残念ですが、「へー、そういうこともあるんだな」と思いました。子どもの頃の素朴な感覚は、ネイティブ民族たちと自然との結びつきに近いのかなと思います。

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夏休みの至福に還る

私にとってアウェイクニングとは、子どもの頃の夏休みに還ることです。何も不安がなく、ただ平和と安全だけが無限に続いていて、むせかえるような光の中、世界が愛の大陸に見えるような、その懐かしい感覚に還ることです。

そして肌に風を感じたり、木々の葉擦れの音に耳を傾けていると、自分が透明になるような気がします。今ここの私が透明になって、全ての時間軸の中に存在している無数の私の感覚と共鳴する、ただその感覚だけが永遠であるような気がします。私にとっては、この2つの感覚以外は、あまり重要ではないです。

きっとみなさんの中にも、それぞれ懐かしい、大好きな感覚というのがありますよね。まるで何回転生を重ねても、その度に同じことを感じてきたのかも知れないと思えるような、非常に馴染みのある、それでいて上手く言葉には出来ないような感覚です。

私たちの中に最後に残るのは、決して長大なストーリーではなく、愛おしさや心地よさと結びつく、記憶のほんの断片だったり、形のない感覚や感情なのではないかと思っています。

そしてそれこそが、肉体も時間も超えて自分という存在を貫く、私たちの本質的なエッセンスなのではないかと思います。

そんな感覚は、みなさんの中に、きっと沢山存在していますよね。それらはいつでも、私たちを一番大切な場所に還してくれます。

「子どもの頃の記憶に還る」への3件のフィードバック

  1. 子供の頃の問題に還る

    数年前に考えていた事で
    (1番近い生まれ育った家族との関係が自分が思う
    心地よい関係性でないのに家族をつくれたとしても
    自分がしてきた心地悪い関係性になるなぁ)

    長い間ほぼ絶縁状態の両親と、向き合う行動を起こして
    数年経過してふりかえると、

    よい意味で自分は自分だと

    1番近くにいるのは自分 家族に遠回しに教えてもらえてる事に
    書いてる今気づき、ビックリしてます。

    ここに来られている方々は
    キラキラしててほっこりしますね

    色んな方のコメントが拝読できると
    また楽しみが増えますね

  2. 家族との問題は、みんなそれぞれに抱えていて、一番痛みを感じる部分だったりして、でも向き合う行動を起こした時に、はじめていろんなことが分かりますよね。自分は自分でいいと言うのは、生きていく中で最もパワフルな気付きの一つだと思います。素晴らしいですね。

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