スピリチュアルに目覚めるきっかけと言うのは、誰にとってもひとつではなく、いくつもの伏線が重なって、徐々にこの道に入って来るものだと思います。
そうした伏線は、子どもの頃からつながっている人もいれば、大人になって、何かのきっかけで見えてくることもあります。もちろん前世からという場合もあるでしょうね。
私にとって、直接のきっかけとなったのは、入院した時に見たデジャヴだったのですが、そこからしばらくは、前世やチャネリングなど、言ってみれば表面的な現象への興味に過ぎませんでした。
自分の人生の中に巧妙に織り込まれていた、何か大きな力に気付くのは、もっと後です。
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ある時、私は本を読んでいました。それが何だったのかは、すっかり忘れてしまったのですが、スピリチュアルの類であったのは間違いがありません。その中の一節に、このようなことが書かれていました。
「全ての生命の本質は、愛である」
それを読んだ私は、「あれ?これって、私もずっと知ってたことだ」と思ったのです。
スピリチュアルの道に入って来る人の例にもれず、私も子どもの頃から苦労が絶えず、自分の生まれた意味を疑い、存在価値を否定したまま大人になりました。でも私たちの生命は愛そのものから出来ているという思いは、物心ついた時から、常にどこかにあったのです。
偶然手にした本の中に見つけたシンクロニシティに、一瞬、不思議な気持ちになりましたが、この時は「そういうこともあるんだな」くらいにしか思いませんでした。けれどもそれがきっかけとなって、スピリチュアルの教えや宇宙論にのめり込んでいきました。こういうのは、直ちに影響はなくても、じわじわ効いてくるんですよ。
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スピリチュアルの楽しさは、非日常の経験をしたり、学校では決して教わらないような壮大なストーリーを見聞きすることもそうですが、私にとっては、自分を動かしてきた大きな力を感じたり、魂が震えるような瞬間を経験することに何より魅力があります。この瞬間を経験するために、ここまでの道のりがあったと思わざるを得ないような経験するのが、何より大好きです。
不思議なことに、そうした瞬間のシンクロニシティは、行く先々で私たちを待ち受けていて、そうしてスピリチュアルの旅路はまだまだ続いていくのでしょうね。