ディヴァイン・フェミニン/ディヴァイン・マスキュリンの特徴 | | メタフィジックス通信

ディヴァイン・フェミニン/ディヴァイン・マスキュリンの特徴

聖なる女性性と男性性

ディヴァイン・フェミニンとディヴァイン・マスキュリンとは、私たちに備わる女性性、男性性のエネルギーです。肉体の性別に関わらず、誰にも両方備わっています。ディヴァイン(神聖な)と呼ばれるのは、それが私たちに備わる神と女神の元型となるエネルギーだからです。けれども、人間としての経験を通じ、多くは不必要に歪められ、完全な能力とバランスを欠いた状態になっています。

二極性の法則

女性性・男性性のように、ジェンダーを固定する考えは、時代の流れに反しているように聞こえます。しかしこれは私たちに備わる陰陽のエネルギーを人格化・神話化したものであって、必ずしもジェンダーだけに言及している訳ではありません。

宇宙を司る法則の一つに、二極性の法則というものがあります。宇宙に存在するすべては二極性または両面性を持ち、一方の存在なくして、もう一方も存在しえないというものです。

アセンションは、善と悪、光と闇など、あらゆる二元論のバランスを整えることで、次元を上昇すると言われます。私たちの中のディヴァイン・フェミニン、ディヴァイン・マスキュリンも、健康的なバランスに整えることで、ハイヤーセルフの領域に達することができます。

ディヴァイン・マスキュリンの特徴

ヘルシーなディヴァイン・マスキュリンのエネルギーは、強さや行動力、リーダーシップを通じて発揮されます。ディヴァイン・マスキュリンは、彼の元に集まる人たちを物理的、感情的、スピリチュアル的にも保護し、サポートします。

ディヴァイン・マスキュリンのエネルギーバランスが崩れると、攻撃性や支配欲、ジャッジメントとして現れます。

ディヴァイン・フェミニンの特徴

ヘルシーなディヴァイン・フェミニンのエネルギーは、優しさやサポートを通じて発揮されます。ディヴァイン・フェミニンは、愛と癒しと育みでディヴァイン・マスキュリンのエネルギーを支えることで、成長や収穫、豊かさを手にします。

ディヴァイン・フェミニンのエネルギーバランスが崩れると、感情的な不安定さや犠牲者意識、依存心として現れます。

エネルギーバランスが崩れる原因

皮肉なことに、ステレオタイプなジェンダーロール(性別ごとの役割)を自分にあてはめていると、ディヴァイン・マスキュリン/フェミニンのエネルギーバランスは崩れてしまいます。社会的な役割として、男はこうあるべき、女はこうあるべきという定義には収まりきらない、より本質的なエネルギーだからです。

ディヴァイン・マスキュリン/ディヴァイン・フェミニンのエネルギーとは、言い換えれば力と愛、強さと優しさです。これらは本来、誰の中にも豊かで健康的な形で備わっているものですが、そのバランスや表現は、人によって様々であっていいのです。自分の中に神と女神のエネルギーが備わっていることを知り、それを祝福しましょう。


日本の男尊女卑文化は、なぜかアメリカで悪名高く有名で、たまに人から話をふられることがあります。いや、それって昔の話だからって言いますけどね。三歩下がって的な話が、いまだに言われています。

アメリカに来て、特に男女平等を感じるってことはないですけど、ジェンダーは男女に限らず、すごくバラエティ豊かなので、むしろそっちの方が自然な気がします。

ディヴァイン・フェミニン/マスキュリンエネルギーを目覚めさせるという話は、次回に続きます。

2
Leave a Reply

2 Comment threads
0 Thread replies
0 Followers
 
Most reacted comment
Hottest comment thread
2 Comment authors
新しい順 古い順
prelude

私が高校生の頃に読んで、今でも大好きな、
タニス・リーという英国の作家さんのファンタジー小説「闇の公子」というシリーズの中に『シザエルとドリザエム』というお話があります(^ー^)

「まだこの世が平らかだった頃」、妖魔の王が人界に仕掛ける様々なエピソードをオムニバス形式で語る小説で、

そのストーリーは、この世に産まれる前に妖魔によって半分にされてしまった魂が、その『男性性』だけが男の子に・「女性性」だけが女の子に入って、ふたりの男女に分かれてしまい、最終的にふたりは再会して統合を果たすお話ですが、そのふたりの統合を表す場面が、、

「それぞれの不均衡は相手によって釣合を取り戻し、正確無比となっていた。陰は陽と並び、分かれていた道は溶け合った。鉄は絹であり、絹は鉄であった。その結果は安らぎ、叡智、力、魔法―― 世界で唯一つ、真に完全なるものであった。 (中略) 神とは、唯一神とはこうもあろうかと思わせるもの ―分裂を知らぬ、完成を見た魂― を湛えていた。二人の人間でありながら一人なのであった。」

このくだりが大好きで(∩´∀`∩)
今日の記事でまた久しぶりに本を読み返しちゃいました❤

mizuki

昨年後半からタンゴを始めて。。。
自分の中の女性性エネにフォーカスするんだろうなぁ。。
って思ってたら。。。
男の子役もやるので、両方について見つめる機会が与えられてる気がする今日この頃。。。

私が暮らしている九州は日本の中でも
男尊女卑的エネがまだ色濃く残っていて。。。(田舎はそうなのかも?)
私も含めて「当たり前」な概念の中で暮らしていると 見えなくなっている部分も多々あったり。。。
外から来た人から言われたりして
「そうなんだ~~」って気付いたり。。
そして。。。
こういう土壌の場所では 男性の中の女性性エネも 傷ついているんだろうなぁ。。
って思ったり。。。

そういうことが
全体的に表面化されて 癒されて
次のステップに移行して行ってるんだろうなぁ。。今って。。
なんて思いながら
なんて素敵な時に、今ここに生まれてきたんだろう。。
って感謝と感動なんですよねぇ~~♡

メタさん いつも有り難う御座居ます♡

%d bloggers like this: