相手のエネルギーに影響されずに、上手にサポートするための6つのヒント

ちょうどいいのは、どれくらい?

エンパス、スターシード、ライトワーカーなど、いわゆるボランティアソウルの人たちは、悩みや痛みを抱えた人を見ると、つい手を差し伸べたくなってしまいます。

けれども経験を積んだボランティアソウルであっても、相手との関わりの中で、時には上手な距離やバランスを失い、エネルギーを消耗してしまうこともあります。

相手のエネルギーに影響されずにサポートするにはどのような点に気を付ければよいか、確認していきましょう。

・・・・・・・・・・・・・

1.見返りを期待しない

人を助けたり、役に立つことは、基本的には自分のエネルギーワークだと考えましょう。あなたのエネルギーを有機的に循環させるためのワークです。

2.ヘルシーな境界線を設ける

エネルギーワークでは、自分のエネルギーをヘルシーに保つことが第一原則です。そのためには、どこまでなら無理なく協力できるのか、線引きをしっかりしましょう。長い目で見て、サステナブル(持続可能)な状態を保てるよう、気を付けたいものです。

3.自分を犠牲にしない

相手と接していて、少しでも無理をしていると感じたり、自分の時間を犠牲にしていると感じたら、一旦、距離を置きましょう。その嫌な感覚は、境界線侵犯の防犯ブザーです。そのまま無視したり、我慢したりしないこと。

4.人に与えた愛情の2倍は自分に与える

私たちは一般に、誰かの役に立つことで、自分の価値を感じることができます。他人は自分を反映させてくれますから、ついエネルギーを注ぎがちですが、その一方、自分は鏡にならないので、セルフケアは怠ってしまいます。愛情や優しさ、思いやりをかける割合は、他人:自分=1:2で、むしろちょうどいいくらいです。倍を心がけましょう。

5.できなくても、自分を責めない

どんなことがあっても、自分を責めることは絶対にしないと、約束しましょう。自分の心を守るのに、誰にも遠慮はいりません。できない時はやらないを心がけ、できる時に効率よくやりましょう。

6.大きな計画とプロセスを信じる

宇宙には大きな計画があり、あなたにはあなたの、相手には相手のプロセスがあります。それぞれが自分だけの特別なプロセスを歩んでいて、人生をポジティブに変える力は、誰にも平等に備わっています。

あなたがベストを尽くしたなら、あとは相手にまかせましょう。そしてプロセスを信じましょう


ボランティアソウルの人たちは、やたら人から悩みを相談されるとよく言われます。もちろん役に立てるのなら役に立ちたいですけど、それがトゥーマッチになってしまうなら、ヘルシーではありません(ルー大柴みたいですみません)。

かと言って、実際に困っている人を目の前にすると、難しいところなんですけどね。

でも信頼って、自分が思った通りうまくいくと考えることではなく、究極的には誰もが正しい道にいるし、誰もが人生をポジティブに切り開く力を持っているから、心配しなくていいよってことなのだと思います。

そう考えたときに、一番ヘルシーに人の役に立てるのかなと思います。


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natsuki

トゥギャザーしようぜ!になり過ぎるなってことですね。
(ルー大柴みたいですみません)

メモっておきます!!!

オーケーレッツゴー(*´∀`*)♪

A M

自分で解決することを邪魔せずに見守ることも大切かなと思います。

信頼して、出来るとわかってて。声かけながらも、見守ってるよーは天使みたいだ!と思いました。

実際、天使やハイヤーはそうだと思います。人間より、スパルタ気味みたいですが。。_:(´ཀ`」 ∠):

ニンゲン、アタタカイ

たろー

>信頼って、自分が思った通りうまくいくと考えることではなく、究極的には誰もが正しい道にいるし、誰もが人生をポジティブに切り開く力を持っているから、心配しなくていいよってことなのだと思います。

迷ったり悩んだりもしちゃいますが…
信頼って、そういうものなんだと思います⭐

まだまだ、反応しちゃう。
ちょっと前も、冷静装う私の傍らで…
結局、反応してた私が居ます。

自分に一生懸命「そういうことだから。本当にそういうことだから…」って汗かきながら言ってる私。(^^ゞ あれ?w

いつかそのままで、そんな私になりたいです⭐(๑•̀ㅁ•́๑)✧

たろー

これ…
知らずに相手の境界に踏み込みしないで済むワークにも使えるのかな?

実は、その辺り…
一生懸命観ようとしたり、考えたりするのですが…
感覚がまったくわからなくて…
いつもの「感じる」で捉えられていません。
どの辺りを起点にしたら良いのかも…。

多分、自身を守るのは 自動発動で出来てる感じ。
有無なく、切り替わるから。
その反応もキツイし、もっと優しくなりたい。
ちょっと、自分で自分が怖いんですよね…。
踏み入らないでいられる私になりたい。

たろー

>信頼って、自分が思った通りうまくいくと考えることではなく、究極的には誰もが正しい道にいるし、誰もが人生をポジティブに切り開く力を持っているから、心配しなくていいよってことなのだと思います。

あ、やっぱココ!
きっと!(๑•̀ㅁ•́๑)✧
これ、ちゃんとマスターできたら良いのかも!
そっか、そうなんだ!

metaさん、ありがとう⭐

ポトス

あぁ!なんということ!!
私の母は、家族や自分を犠牲にしてでも「目の前に現れた困っている人」に全てを与えてきました。昭和のバブル感覚と自分が与える心地よさ?にどっぷり漬かっているかのようです。でも、愛情は深いものがあって「困っている何か」を必ず救おうとします。荒々しいところはあるけど、魂の面ではボランティアソウルに間違えはないように思います(笑)
ただ、悲しいことに、本記事の6つの事項全てが出来ていないために、現れる人は決まって「恩をアダで返すサイコパス」たちでした。だまされたり借金を負いそうになることもしばしばでした。
じつは私の妹は、血が繋がっていません。母が関わったその女性はアル中で、子供を降ろすつもりで飛び降りを繰り返す異常者でした。母は、その命を救い、家族に迎いいれました。私が小さいころでした。私が子供の頃、我が家は今日を生きるのが大変なほど貧乏でしたが、ホームレスたちを拾ってきては同居生活をしてました。母は、彼らがやり直して幸せになれるように役所にかけあったりしていました。しかしその想いは決まって届くことがありません。自分の全てを犠牲にしたエネルギーは、彼らにとっては甘い蜜なのです。母はもっと、自分自身と家族を大切にするべきでした。疲弊してさみしい想いをする必要はなかったのです。
私は子供のころから鮮やかに母の愛情を裏切ってゆく大人を見てきたので、やや冷たい人間になってしまったかもしれません。それでも私も母に似ていて、与え過ぎて疲れてイライラなんてこともありました。
つい最近まで母に対して「家族を大切にしてくれなかった!」と怒りがありました。でも本当は違う。私も本当は、母のように愛情を心から誰かにあげられるようになりたいのです。母と生まれ出会ったのは「自分と守るべきものを大切にしながら、人に与えてゆく人生を選びたいから」だと感じています。だから、私が見てきた現実は、その学びができるようにと、確かに私が創造したものです。そう心に感覚で浮いてきたときに、この記事をみておどろきました。天からのサプライズです。めたさん、ありがとうありがとうございます。

ちなみに現在ですが、いま母は上のことを理解して、分別ある愛情のあり方を選んでいます。歳をとったので「生命エネルギーまで与え尽くさない」ことを実感しているのかもしれません(笑)私は、そんな母を尊敬して愛しています。来世でもまた逢いたいです。喧嘩いっぱいですけどね(笑)
「情けは人の為ならず」 これは本当です。いま、母が放った愛のエネルギーが巡ってきています。母も妹も私も、兄弟たちも、不思議な運びで幸運に恵まれています。与えた愛情は、そのとき相手に反映されなくても、たくさんの学びを携えたあとに何倍にもなって返ってきました。だから私はもっと、母を越えたくなってしまいました。

長くなってしまいごめんなさい。つい感情が溢れてしまいました!

ここに訪れる皆様は優しい方が多いかと思います。どうか、いかなる相手や物事があってもエネルギーを注ぎ過ぎず、自分を愛して大切にしてあげてください。自分だけは、どこまで行っても一緒に生きていくのです。そんな自分をないがしろにしたら、イライラしたり悲しくなってしまいます。

これからも皆様にとって、ワンネスな愛情LIFEがあることを祈っています!

青花 @元hanahana

ポトスさん、素晴らしい記事をありがとうございます。
感情のあふれた記事、心にしみました。

あらゆる経験は、至るべきところに至って、世界を一段階豊かに見せてくれますね。
本当に、すべては恩寵なんだなって思います。

ポトス

青花さん、こんばんは。
嬉しいお言葉恐縮です( ; ゜Д゜)感情的になりすぎてしまいました(笑)

〉あらゆる経験は、至るべきところに至って、世界を一段階豊かに見せてくれますね。
本当に、すべては恩寵なんだなって思います。

経験の最中って正直かなりしんどいけど、不思議なことに過ぎ去ると「豊かさを感じる引き出しが増えてる!」気付くものですよね。ほんとうに全てが恩寵です。どんな経験もありがたく引き受けていきたいものです
(*^^*)

ritamyu

世話焼きな子どもだったわたしにそこまでしなくていいよと教えてくれたのはクラスメイトでした。
素直だから言いやすいとみんなわたしに言いづらいことを言ってくれて、わたしもずいぶん鬱陶しさがなくなったみたいでした。

みんなの方が、わたしよりちょうどいい距離感を理解してたのに、みんなに世話を焼くなんてなんにもわかってなかった。

何事もtoo machは良くないですね。

Chie

>でも信頼って、自分が思った通りうまくいくと考えることではなく、究極的には誰もが正しい道にいるし、誰もが人生をポジティブに切り開く力を持っているから、心配しなくていいよってことなのだと思います。
そう考えたときに、一番ヘルシーに人の役に立てるのかなと思います。

今、私に1番の言葉です。メタさん有難う。

mani

信頼の解説ありがとうございます!
セドナメゾットの手放しを思い出しました。
信じる者は救われる、あとはお任せコースですね!

相談乗る乗るあるある。
自分の器からはみ出た愛を配っていますが、喜びしかないんですよね。

救世主コンプレックスだった頃と大違いだ〜人の笑顔が幸せだ〜

ゴールデンドラゴン

いやー自分の心理を突かれたなーって感じました。ついつい他人にやりすぎて自分をおざなりにしてしまって疲れてた。

青花 @元hanahana

またもやドンピシャすぎるメタ先生の記事!

とにもかくにも、一人一人の自己格闘の世界像や道のりって独創的なんだなあということを感じています。

信頼の重要さについて理解する必要があるのでしょうか。

いずれにせよ、あらゆる生命の自己選択は尊いということかな。

究極的には、互いに誰もが平等で対等に、お互いの磨き石になっているということでもあるかなと。

「対等」という感覚は、かなり大事な気がしてきました。

困っている人を見ると、つい自分が上位的な立場にあると感じてしまう面が人間にはあるような気がしますが、本当は対等でありお互いさまなのですよね。

青花 @元hanahana

もうひとつ気がついたんだけど。
「困ってる人」や「弱ってる人」を見ると、つい自分のほうが何かを分かっていて、面倒を見られる強者の立場にあると思ってしまいがち。

ところが、シーンが切り替わると、今度はその弱者的に見えていた人に、逆に助けられ救われる立場になることも多々ある……。

そういえば私も、この場所ですら「逆転して助けられる立場」を体験してるなあ……。

という気づきを、今また得ました。

これが本当の「お互い様」ってやつなのでしょうか。

ふ、深い……。

青花 @元hanahana

・自分の方がよく分かっている
・自分の方が先に行っている
・自分の方が教えられる
・自分の方がよく見えている
・自分の方が賢く優れている
・自分の方が守られている
・自分の方が守ることができる
・だから自分は助けられる、教えられる

こういった思い込みを捨てる必要があるのかな〜ということを思っています。

これらも、小我なんだよなあ……と。

青花 @元hanahana

↑ちなみにこれ、私のことです。

こういう想念を手放すことで、信頼が育つのかな?

ポトス

〉青花さん
めたさんの言う「究極的には誰もが正しい道にいる」って、最高に素敵だなぁ!と思ってます。

私はそれをなんとなく思っていたのですが…。忘れるとつい人や自分を比較したり、あれは倫理的に正しいわけ!?などと批判したりすることに気が付きましたよ(^^; )上のようにぐるっと「全てがこれでいい、あの人も私もこれでいい、みんなで修行中だからね」と思えているとき、魂としての在りかたが出来ているように思います。すなわち信頼とは 「どのようにあっても、魂の学びとしてはAll Ok!」と解釈しました(^o^)

神(創造主)を前にした我々は、もとはピュアな魂でしょう。宇宙からは常に許されいますしねその点では平等ではないでしょうか。でも修行の身になれば誰もが個性も人生の状況も違う仮面を着けて降り立ちますから、つい上下があるように感じてしまいますよね。う~ん対等って難しい…!
本質(魂)を貫くように見ると、立場が変わっても表裏一体?といいますか… 深い部分に全ての対等を感じるときがありますねぇ~(о´∀`о)

青花 @元hanahana

ポトスさん

>つい人や自分を比較したり、あれは倫理的に正しいわけ!?などと批判したりすることに気が付きましたよ(^^; )

私、まさに今、こういうことを散々やっていた自分に気がついて、そのエゴを解放しようとしているところです〜(笑)
今年一年は、まだまだどんどんソレをやってたんだな〜と気がつきました。

>本質(魂)を貫くように見ると、立場が変わっても表裏一体?といいますか… 深い部分に全ての対等を感じるときがありますねぇ~(о´∀`о)

もう本当にそうですねえ。
表裏一体であることに、だんだん気づけるようになってきて、「ああ、本当の対等ってそういうことなのかあ」となってきました。
お母様の人生をかけた格闘史と、そのご努力がご家族にやがて返ってくるお話、すごいな〜と感動し、勇気をいただきました。ありがとうございました!

nanana

ここにもひとつ「ひとりでしょいこまない」を加えたいところです。

支援者がどんなに有能で情熱があったとしても、ひとりでできることには限界があります。熱血スパルタの厳父タイプや、めろめろに優しい慈母タイプが、得意を生かして役割分担すれば、持続も拡大もしやすくなりますよね。

また、援助される側には、
①もっとダメ人間になれば、ずっと見捨てられない
②こんなダメ人間、好きになっちゃダメだぜ
……と、無自覚にアカン方向に突き進むタイプがいます。適切な距離感や対人スキルを学ぶ必要があります。その辺もちゃんと専門家がいますから、こりゃほっとけないけど手に余るぞ、と思ったら、「この役目にふさわしい人と出会わせてください」と念じると、するすると支援が進みます。お試しください(^.^)毎度の老婆心でした〜

>ひとりでしょいこまない
ありますね~。共依存(依存される側)経験者として振り返ると、ひとりで背負い込んで、ツライヒドイと言いながらも、「ほらやっぱり私なんて大切にされる訳ない」って思いこみをコツコツ強化していたなーと思います。

めっちゃ大変だったので、境界問題、自分を愛する、手を離す、信頼して自立させる、などなどいろんな学びを経験できて、役割を演じてくれた相手に感謝できるようにもなりました^^

>この役目にふさわしい人と出会わせてください
いいですね~!そういう宣言もアリですよね!思いつかなかった~ありがとうございます。

nanana

あれ、良い匂いがすると思ったら、れんさんだわv

共依存は、難しいんですね。
自分しかこの人を助けられない……ような、気がしちゃうんですよね。そこに自分の役割を見出してしまう。

上から目線と言いますが、「高い視点」と考えるのも手です。

さくや

本当そうですね〜
自分が消耗するだけの人や案件からは距離を置くようになりました
距離を置いても良いと自分に許しました

自分が相手のために出来る事は
あなたなら大丈夫だよ、と信じて見守る事だと思うようになりました