実際、どうなのよ? ヴィーガン/ベジタリアンについて現地リポート


せっかくヴィーガン/ベジタリアンコミュニティの渦中にいるので、いくつか事例を挙げてみたいと思います。

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チベットで聞いた話

チベットに行ったとき、ツアーガイドのお兄さんが、チベット仏教における殺生の考えについて、こう話していました。

「チベットは高地のため、新鮮な野菜を手に入れるのが難しく、かつてはお坊さんでも肉を食べることが当たり前でした。しかし近年では、農業の発達によって野菜が安価で手に入り安くなりました。そこでお寺でも、精進料理を食べることが出来るようになりました。でもダライ・ラマは、健康の関係からお医者さんに勧められて、週1回は肉を食べる日があるんだそうです」

仏教では、殺生の教えが大事だと思われがちですが、ウィキペディアによると、ブッダも悟りを開いてからは、肉食をするようになったそうです。

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バシャールのセッションで聞いた話

私が見た中で、ヴィーガン/ベジタリアンの人が質問をしたことが何回かありました。だいたいいつも、同じことが挙がります。肉食をどう思うか・私たちに出来ることはあるか・辛くてたまらないけど、一体どうしたらいいか、などです。

バシャールがいつも言うのは、自分が出来ることに本当にコミットしなさいということです。どれほど状況が辛いものだったとしても、そこで苦しみや怒りを生み出せば、ネガティブなバイブレーションを作り出してしまいます。自分が変えられないことで苦しむより、変えられるところにフォーカスしなさいとのことでした。

バシャールらしいですね。

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ベジタリアン/ヴィーガン/フレキシタリアン/フリーガン

ベジタリアンは、動物性食品は、牛乳由来製品(ミルク、バター、ヨーグルトなど)と卵のみ食べる人です。これに対してヴィーガンは、動物性食品は、一切摂りません。

またベジタリアンだけど、時と場合に応じて肉・魚も食べる人をフレキシタリアン、同様にヴィーガンだけど、時々ベジタリアン食も食べる人をフリーガンと呼ぶことがあります。

私の周りには、どのタイプもまんべんなくいます。でも、主義というよりアレルギーや体質によって、何を食べて何を食べないかが、みんな微妙に違います。

菜食主義だけど、豆類はガスがたまるから食べないという人もいれば、ヴィーガンだけどアレルギーのためココナッツ系がダメというハードコアもいます。

また、菜食を続けていたけど、健康上の理由からチキンと魚は食べるようになったと言う人もいますし、そこから、やっぱり菜食に戻したと言う人もいます。いろいろです。

ヴィーガンとベジタリアンと肉食の人を比べて、誰が一番バイブレーションが高いかと言うと、私の身の回りを見る限りでは、食べ物が一概にすべてを決める訳ではないように見えます。

でも、もはやバイブレーションにヒューマン成分入ってないなっていう人は、やっぱりヴィーガンだったりします。

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身の回りの事例

私の住んでいる仏教コミュニティは殺生が禁忌で、虫も殺せないし、肉類の持ち込みは出来ません。菜食施設は、どこもそうだと思います。

出てくる食事は、ベジタリアン食です。ヴィーガン用の食事も用意されますが、人数は少ないです。また、コミュニティの外では何を食べてもOKなので、肉を食べる人もいます。

以前、イスラム教のルーツを持つ人が働いていたことがあって、牛や鳥は食べても、やっぱり豚は食べないんですよ。

みんなで中華料理屋に行くと、彼女は店員さんに豚肉が入っていないものを確認した上で注文するんです。一緒に行った仲間は、ホイコーローを食べている人もいれば、ベジタリアンマーボー豆腐を食べてる人もいて、みんな自分を貫いているんだけど、互いに干渉しない感じが面白いなと思いました。

しかし、アメリカでみんながそんなに平和に共存しているかと言うと、もちろん、そんなことはなく、私の住む町では、去年ヴィーガンの集団がお肉屋さんを襲撃するという事件が起きました。

その結果、お肉屋さん側が彼らの主張を受け入れ、「動物には生きる権利があり、どのような方法を取ろうと、動物を殺すのは、暴力的で不正なことである」という張り紙を店先に出すことになりました。

健康被害を訴えるたばこの注意書きみたいなもので、こういう解決法もあるのかと興味深く思いました。

Berkeley butcher shop puts up animal rights sign after protests – August 1, 2017 in San Francisco Chronicle

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ベジタリアンと私

私がベジタリアンになったのは、動物愛護でも、スピリチュアルな理由でもなく、社会に反抗するという、パンクなアティテュードからだったのですが、なんとなく続いています。ベイエリアで暮らしている分には、むしろ肉を食べる必要性もないくらいです。

でも日本に帰ったら、肉魚を食べることもあります。蕎麦くらい食べられないと、何かと面倒だからです。あと実家に帰ったときに、じっくり煮込んだ牛すじカレーなどを出してくれるニコニコ顔の家族を、がっかりさせたくないのもあります。

この辺は、菜食主義者のジレンマというか、みんなが経験することで、解決法・対処法もそれぞれ違うと思います。

食べ物って、誰にとっても、育った文化や家庭環境、子どもの頃の大切な記憶と結びついていて、一概に是非を論じるのが難しいところもあると思うんですよね。

また、菜食が健康やスピリチュアルに与える影響について、個人的には、食べ物よりもマインドや感情がもたらす影響の方が断然大きいと感じます。

昔、ヴィーガン/ベジタリアン料理本の古本屋をやりたいという夢もあったのですが、だんだん食べ物にはそんなに興味がなくなってしまいました。

ちなみに、前の彼氏がヴィーガン活動家だったという話は、どこで話しても鉄板でウケるます。大きなウェブサイトをやっていて、いわゆるノマドとして暮らしている人だったんですけど、毎日誰かを批判する生活で、のんき者の私には、どうにも難しかったです。でも活動家ですから、そうする必要もあるんでしょうね。

友達と話していても、考え方や温度は人それぞれで、それをシェアするのが、また一つの楽しみのようにも思います。


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