【アンケート】子どもの頃に感じていたミッションはあった?


子どもの頃に感じていたミッション

私たちは、それぞれミッションや目的を持って、地球に転生してくると言われます。

中でもスターシードやインディゴ、ライトワーカーなどと呼ばれる人たちは、地球の進化を助けるボランティアであるという意識を、早いうちから、何らかの形で持つと言われます。

当時は自覚がなかったとしても、大人になって振り返ると、そういえば、何となくそんな感覚があったと言う人もいるでしょう。

特に大げさな話じゃなくても、自分は何のために生まれてきたのかという問いを、子供の頃から持っていた人は、決して少なくないと思います。将来の夢という形で、ミッションが現れる場合もあります。

大人になってミッションや人生の目的を考える時、それは不思議と、子ども時代の記憶にたどり着くのではないかと思います。ばらばらに見えてつながっている筋道こそが、魂の道のりでもあると思います。

ということで、今回のアンケートは、みなさんが子どもの頃に感じていたミッションについてです。明確なものでなくても、「なんとなくそんな感覚があったかも…」みたいな感じでいいと思います。

・・・・・・・・・

アンケート

1.あなたは子どもの頃に、どんなミッションを感じていましたか?そう思うきっかけや、理由はありましたか?

2.それはあなたの子ども時代、またはそれ以降の経験に、どんな影響を与えましたか?

2.それは大人になった今、どのように実現されていると思いますか?

・・・・・・

私の例

1.愛で世界を救うためにやって来たと思っていました。なぜそう思ったかは、分かるようで分かりません笑。プリインストールされていた気がします。

2.何かにつけ、愛とは何かを考えるのが好きでした。大人になってから、ブランキーの赤いタンバリンを聞いたときは、自分の歌かと思いました。

3.ミッションの輪郭がぼやけたというか、範囲が広がったというか、要は何でもミッションだなと思うようになりました。愛とはすべてですからな。

・・・・・

アンケートの趣旨としては、単にミッションの話というより、子どもの頃のおぼろげな感覚が、いかに今の私たちを作っているかをシェアして、みんなで楽しめればいいなと思っています。

また、現在進行形でミッションや目的を探している人にとっても、何らかのヒントやインスピレーションになればいいなと思います。

人前でシェアするなんて恥しいと思う人は、子どもに戻って、ニューアース子ども会議に出席していると考えましょう。

ぜひあなたのミッションを聞かせてください。

回答は、コメント欄からお願いします。

 

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むつき

1 美しくない物の中で生きてることにすごく苦しみを感じてました。だから何とかしたいと思ってました。でも、どうしたら良いかなんてさっぱりわかりませんでしたけど。

2 ほんの少しだけ見える美しさ、光にものすごく惹かれました。同時に同じくらい暗さに引きづられているのも知ってました。だから自分だけでできる世界を作り出す事に気付きましたね。

3 小さい頃からずっと絵を描いてます。テーマは光と美です。

acco

1、そういえば、小さい頃から転校生の担当任されてました。
不安な人とか、みんなとの橋渡し役です。
転勤族の人たちだったから、仲良くなってはみんなまた転校していっていつも一番寂しくなるのは一番最初に仲良くなった私でしたね。
理由はわからないけど、何故か頼まれたし、自分でもそういう役目なんだろうなってざっくり感じていました。

2,人がほっとしたりとか、笑顔みれると自分のことみたいに嬉しかったです。
それは今もですね。
周りからも、なんであんな人助けるの?なめられてんだよと言われますが、損得なしに助けるって言うか、てを貸しちゃいますね。
ほんっとにアホだと思います。
でもそれが私の魂の喜びにつながってるのは最近気づきました。

3,自分自身も表現のしようのないほどの愛の中で生きてるってことがわかりました。
巡ってるんだなと思います。

mar

1、ミッションと言うか、「誰かを一人にしてはいけない」って思っていました。だから沢山で遊ぶようにしていました。一人ぼっちの人を見ているのが淋しかったのかな?自分は平気なのに。

2、つるまない事を覚えた(笑) 自分の居場所が分からなくなって来た時かも。自分がどういう人間か調べ始めた頃ですね♪

3、19歳の時母親に「みんなが幸せであればいいんだよ」って言った覚えがあって、あまりに無意識過ぎててすごいなって思いました(笑)
外出する時は、いつでも人を助けられるように、運動靴です(マジ)
今は、全ての人・事・物が中庸である事を祈っています!
 ミッションかどうか(悩)
※メーさんは「愛」ですね。昨日外出した時、愛について一人問答してました。しかも声に出して(笑)結構大きかったな声。

レタス

失礼します。

>外出する時は、いつでも人を助けられるように、運動靴です(マジ)

ありがとう。涙

mar

有難うございます。レタスさん。

miuabi

1.子どもの頃から、他人に親切にするのが、私にとってすごく自然
 なことでした。あと、変な正義感に燃えていましたね.。
 (鉄腕アトムの影響かも)
2.社会人になって、同僚から「どらえもんのポケット」と言われて
 いました。よく相談に乗って、逆に板挟みになってしまったり。
 むむ、これは利用されている?とお人よしの私が遅まきながら気づ
 いたのもこの頃です。
3.今はフリーで仕事していますが、会社員時代、いい発注元だった
 らしく、いまだに感謝されており、おかげ様で仕事仲間と飲み仲間
 には恵まれています。

たまたま2,3日前、「私っておせっかいなくらい、周囲のことに
気を遣う、愛いっぱいの子どもだったよなぁ」と思いだしていたので、恥ずかしながら投稿させていただきました。

 

1. 幼少期、山間部の過疎集落の、閉鎖されたような環境で育ったせいか、そこに対応するのに精一杯で、すごく自己評価が低くて、ミッションのようなものを感じることってなかったです。
今にして思えば、都市部から嫁いできた母親のエネルギーを、モロにくらってたんじゃないかと思いますf^_^;。
ただおかげでその頃から、『自分を知る』とか『自分をどうやって活かすか』みたいなことは、やってたような気がします。

2. 中学に入って、勉強はできたクチだったので、別の学校からの友達ができたり、少し世界が開けてきたら、自分の能力を役立てたい、そうすることができるかもしれないと思えるようになってきて、『自分を知る』が『世界を知る』になっていって、いろいろ興味の赴くことは学んだりやってみたりに対しては、さほど抵抗感なくやれているような気がします。

3.『知る』とか『活かす』に関して、自他の区別があまりないというか、自分自身に向ける視線と同様に、他者や世界に対しても向けられるようになってきているような気がします。
それは他者が自分を映す鏡という点において言えることでもあるし、必要に応じて、そういった面とは全く切り離した、客観的な視点もだいぶ使えるようになってきてる気がします。

うーん、この話も、ミッションにあたるんかなあ?
ちなみに私は、高校のころに、エレカシの『悲しみの果て』聴いて、自分の歌やと思いました。
てことは、悲しみの果てのすばらしい日々を送るのが、私のミッションかもしれないです(笑)。

◯D2

私の場合、ミッションや夢というのはこれとってありませんでした。
むしろ、「どうせ自分なんていなくていいんだ」と感じるような子供でした。

「自分はいなくてもいい」は今でも感じることがありますし、ある種それは真実でもあると思います。

いなくても世界は何も問題ないけれど、あえてここに存在して、何かしら人と関わり社会と関わっている。

その全てが結局ミッションなのかなと。

「私のミッションは〇〇です」みたいなのって、”周囲が自分に期待している”ミッションを言わされているんじゃないかなと。

回答になってるかなぁ笑

mar

失礼します♪

>「私のミッションはOOです」~言わされているんじゃないかなと。
 超的確だと思います!

◯D2

ありがとうございます^^

nanana

1.
体は神さまからの借り物で、別に善行を積んだわけでもないのに五体満足で親に養ってもらえているのだから、これまた別に落ち度があったわけでもなく困難の多い人には、手を差し伸べ「ねばならない」くらいに思っていました。ミッションていうか…罪悪感が強かったです。
その後、母がやっていた宗教で、「体は神さまからの借り物。死んだら返さなければならない。物が古くなるのは仕方ないが、借りたときと同じ状態で返すのが礼儀」と聞いたときは、コレだと思いました。

2.
なんだか知りませんが、学年に一人は障害のある子がいて、担当みたいになってました。あと、教室でゲロ吐いた子の後片付けも(笑。そういうの、「できない人」がいてもいい、でも私はできるからやる、て感じでした。
おかげさまで大病も骨折もなく40数年。死んだら献体して、解剖の先生に「この肺は綺麗だ、標本にしたいようだ」と言ってもらうのが夢です。

3.
販売→事務→介護と転職し、一応福祉関係の仕事をしています。いつかのコメントにも書かせていただきましたが、「この手を使ってください」というのは、ミッションであり望みですね。
将来は午前中だけ営業するおにぎり屋さんを開き、夜はこども食堂、たまに占い師、孤独死した人のペットの里親探しのNPOを同時にやるのはどうかしら? …な〜んて考えて、ワクワクしています。いまの仕事でこれくらいワクワクできたらいいんですけどね(笑。

ミッションとちょっと違いますが、小学生の頃、「絵と字がかける仕事につきたい」と思っていました。絵描きになる夢はとっくに諦めましたが、いま、仕事で絵やら字やら、かいています。魂の呼び声に従うと、面白いですよねメタさん!

かぴぱら

1 人間よりも植物の方が分かり合えると感じていた。悩み事は頭の中に住む妖精か、身近な植物に相談していた。人間に話しても無駄だと知っていた。幼少期の友人を思い出すと、みんな植物に当たる。

2 学生の時、ある事をきっかけにガーデニングに目覚め、あっという間に部屋も庭も植物で埋め尽くされた。大人になっても相変わらず深刻な悩みは植物にしていた。その後右往左往した挙句、植物関係の仕事に就く。

3 2012年にアウェイクニングした際、ミディアムの先生に私の意識は人間というよりも植物に近いと言われました。なるほど、私はそう生まれついたんだと安心しました。残りの人生もやっぱり植物に囲まれて暮らしたいと思います。

sim

1.見える以外の世界があることは信じて疑わなかった空想の多い子どもでした。「今この石ころを蹴らなかったら、これからの道が違っていたかも」「この世界は誰かの細胞のようなものの中の小さな一部で、私は大きな何かを形成しているもの中のわずかな一部分ではないか」というようなことを小さい頃からよく考えていました。そして「自分の周りの人間と思う人は実は生きていなくて、自分の成長のためにいる作られている存在だ、思考も読み取られているから、良い事ばかりを考えないと・・・」と思っていました。強迫観念??
また、「何か想像もできないようなワクワクすることが起こる、起こる!周囲の人は来るべきときのために私にだまっている、うまくだまされたふりをしていないといけない、上手く驚けるかなあ」と楽しみにしていました
2.小学生後半?くらいから「あれ?他の人も生きてる・・・」と思い、「ワクワクするようなことが起きてこない・・・」とがっかりしました
3.今自分の身に時折起こる不思議なことにとてもワクワクしています。
質問の的を得ないコメントになってしまいました(;´Д`)

ろさまる

私は産まれた家庭がちょっと特殊な家で産まれ、誰もが心が満たされない思いを抱いている環境でした。

子供の頃は1人になったとき『帰りたい』と泣いてる事はよくありました。でもどこに?と自分に突っ込みを入れながら(笑)

1、そんな自分にも常に焦る気持ち、何かをしなくてはいけないと言う漠然とした気持ちだけはありました。
特に地球の汚染や、戦争シーンでは、人間ではなく、地球が可哀想だと思っている子供でした。

2、自分への自己評価が低くく、人に対して恐れもあるので、漠然と心の奥底で抱きつつも、日常生活を送るだけで精一杯の子供時代でした。
私も歌で言うと合唱祭の時に『空駆ける天馬』と言う曲を聞いた時に頭に雷が落ちたかくらい衝撃がありました。(アンドロメダを西南にと言うフレーズに)

3、子供の頃の自分を振り返る事で、自分について考え、様々なブロックを手放す事が出来ました。陰がわかるから陽がわかる。と言う感じです。まだ何も為しえていませんが、子供の頃に思った事は現実になっています。そして今は、『私沖縄に住む!』と声に出して宣言したことが、20年経ち現実になろうとしています。

lambada

1.悲しくて泣いている友だちやきょうだいを見るのがとても辛くて、悲しんでいる人のそばにいたい、力になりたいと思っていました。
2.なんだか、人の悲しみに引き寄せられてたかも?友だちの愚痴とかによくつきあってたような気がします。でも悲しみのなかで、純粋に笑い合う感じがすごく好きで。心がやさしくふれあう感じというのかな。
3.とってもまわり道をして、お話を聴くことを生業にしました。とはいえ、自分の悲しみを癒すのもたいへんで…仕事と自分のワークはリンクして進むことになってたのかな。

ひまわり♪

ミッションではありませんが、
私はお空から来て、いつか、お空のお父さんとお母さんのところに帰る…と思っていました。
小学校に入る頃までかなぁ…そんなことを思っていたのは。
って、そんなことを思い出したのは、ソウルメイトに出逢ってからです。(笑)

usako

1. 世界はひとつ、人類皆兄弟だという
揺るぎない信念がありました。ニュースで戦争の映像を観て、えらいところに来てしまった、生まれて来なけりゃよかったと後悔しました。ミッションはよく分からず、地球に来て数年で逃げ腰に。
2. 色んな人と友達になりたい、異文化をよく知りたいと思い、観察するにはアメリカが一番だと思い、留学しました。ネイティブアメリカンが大好きに。
3.結婚して子供を育てて、普通の生活をしていますが、何かやらなくてはいけない気がして、ずっと悶々とした日々でした。メタさんのヒーリングジャーニーや寺暮らしに触発されて、最近重い腰を上げて、インナーワークに取り組んでおります。とりあえずは自分を救う、癒すことから始めようかと。 Coreyも言ってましたよね。メタさん、ほんとにありがとうございます。

Lyr

1.自分はとてもインディゴらしく、大人の古いやり方や不公平、理不尽にものすごく怒りがありました。また子供だったので屈しなければいけないことが多く、弱いものいじめをする教師にもあたったりして、大人はほとんど全員クソだと思ってました(笑)。それは自分のミッション・特性を意識するためだったかもしれません。同じ土俵に立って、そういう大人の理不尽、弱いもの・純粋なものへのいじめをやめさせたいと強く思っていました。
あと 勉強や他の何かができない子とかにやり方を教えるとき、例えその子のことを嫌いでも自動的に公平になっていました。
その感覚は自分であって自分じゃないような、自動的に親切にというか親身になっているので「?」でした。

2.そういう子供だったので、とにかく屈させようとする大人が親含め常にまわりにいて、ずいぶんつらい思いをしました。強いつもりだったけれどとても傷ついていましたね。体にも影響がありました。他の子供たちとも合わないしいじめられていたので、ひとりで本を読みまくったり植物やカラスと交流してました。(カラスは家をのぞきに来ていました)

3.ある時からミッションも自分自身もまるで別人のように新しくなって、(特に何かしたわけでもスピリチュアルなことを続けてきたわけでもないです。その時が来たからそうなりました) だから子供時代に意識したミッションを今やるというよりは、今までの経験を生かして光を放つことだと思います。闇を知ったから人を深くパワフルに癒せる力が出るというか。それを今やっている最中だと思います。現実的な能力は本当にないですが。ハァε- (´ー`;)

693

1. 弱者に寄り添いたい気持ちが小学生の頃からありました。中学の時NEWSWEEKで読んだ虐待された子が親になって虐待を繰り返すという記事に「連鎖を止めなくては」と思ったのがその気持ちをよりはっきりさせた気がします。当時オノヨーコさんがまだ未知の病だったエイズの子どもを抱きしめキスするのを見て、どんな子どもにも愛が行き渡るといいのにという強い願いを持ちました。
2. 元々自分が毒親に虐待されていたのもありますが、愛情のない人の心無い言葉に「痛みは経験しない人間には分からないのだ」と思い、気が付いたらどん底人生に自らダイブしたりやたら痛い体験ばかりする道を選択してました。
3. 現在まさに痛みの最終形と言える病で闘病中ですが、この数年で何故自分が痛みを知りたかったのかを理解しました。周りを幸せにするためにはまず自分を幸せにすること、自分を幸せにすることは自分を大切に愛すること、愛とは導きでありすべてのもとであり世界であり己であると思い知るために、様々な痛みとつらさを体験させてもらったのだなと感謝しています。しつこい汚れみたいな怒りや悲しみがいまだに時々ふつふつと甦ってしまうこともありますが、それらが今病巣や痛みとして表現されてるものなのだなぁ、と体感してからはそれすら愛おしくなったりしています。大きなオペがひかえているのですが、変な言い方ですが生まれ直す機会として今から楽しみでなりません。

693さま、

コメントのお言葉、表現の数々に共感して、まるで自分自身の想いを読んでいる気持ちになりました。
そして、
693さまが長く大きな痛みを通して理解された愛、読んでいて息をのむような思いでした。
私など苦しい、つらいと感じるだけで‥いったい何をそこから学んだのかと思えました。
うまく書けないのですが、ご理解を分かちあって下さり、感謝申し上げます。

これから迎えるオペはご心身にとって確かに大きなことであると同時に、お体と手を取り合っての、693さまの新しく力強いはじまりなんですね。

自分の気持ちを一方的に書いてしまいました。もし御不快に感じられましたら、お詫び申し上げます。

693

Akikoさま、返信いただきありがとうございます。
ごたいそうなことを書いていますが実際はまだまだ怒りに揺すぶられることも多くて…修行は続く…という感じですが、オペで一旦これまでとこれからを切り離した方がきっとわたしみたいなタイプには腑に落ちるだろうよ…という宇宙の計らいだと勝手に解釈しています。
Akikoさまの真摯なお言葉、嬉しかったです。ありがとうございます。Akikoさまもご自愛なさって、素敵なアウェイクニングの過程を楽しまれてください。

なないろ

1.2 ミッションとは言えないかもしれませんが、
小学生の頃夢中になっていたのがおまじない。
妖精やUFO呼ぶための小道具を作ったり、お祈りしたり。笑
あともっと小さい頃好きだった色が緑。
女の子なのに変わった色を選ぶねと親は思っていたそう。森や雑木林をぼーっと見たり、おじいちゃんの盆栽見て空想するのが好きでした。

3.年齢とともにそんなことも忘れていったのですが、結局今やっているのはヒーリングなどのエネルギーワーク。疲れたら山に行く。
昔と同じじゃないか。笑
どんどん子供の頃に帰っていく感じです。

西素 今(にしそ こん)

いつもはメタさんやコメントの方々の話を見ているだけですが、なんだか書きたくなったのでコメント失礼致します。

1.
子どもの頃、やらなきゃ!と思ってたことは二つ、
A「周りの人がしない事をする」
B「夢に出てきた人や景色を描く」
というのがありました。

A.例えば幼稚園のおゆうぎ会で皆が白雪姫をやりたがる中、緑色が好きだからとかそんな理由で率先して草むら役をやるような子でした。
多分生まれつきです(^_^;

B.確か小学二年生?の頃、背中に羽が生えたものすごくカッコ良い人の夢をみて、何とかその人を表現できないかと折り紙で鳥を折ったり、粘土で作ってみたり表現の事ばかり考えてました。
いま思えばあれは天使だったのかも?

2.
A.小中学校時代は、みんなと同じようにする事で頭がいっぱいでしたが、足が拒絶反応を起こして学校に行けなくなりました。
そのまま呆然と毎日20時間くらいを睡眠に充てるような堕落した生活を送った結果、「私はみんなの為をやめるぞぉー!」と通信制の高校ではじけました。
気になる物があれば道端でしゃがみこんで観察したり、飛行機の音がすれば(゜д゜)ポカーンと上を見たり、はたから見たら不審者としか思えない高校生活を送りました。
いま考えれば、心のままに生きる事を学んだんだな、と思います。
(成績はちょっと…笑)

B.ああでもないこうでもないと何年も表現方法を考えて、結局イラストに行き着きました。
しかし元々絵を描くのが大嫌いで、教科書の落書きくらいしかした事がないレベルでした。
でもある時「紙とペンがあれば出来るじゃん!安上がりだ!」と思い立ち、カッコ良い羽の人とか20時間睡眠で培った夢のアイデアなどをノートへ描けるだけ描きました。
相変わらず絵は嫌いで、だけど顔が見たくなったら描く、をずっと続けています。
誰もこんな絵の描き方はしないだろ!と思ってます 笑

3.
A.今は、お給料をもらう仕事の時だけ人に合わせて、家では一人で好き勝手してます。
やらなきゃいけない家事も、やりたい事をやってるうちにやる気になるので、何とか回ってます。 笑

B.実は昨日、仕事前に早起きをしたので絵を描いていて、それがまさにカッコ良い羽の人だったんです。
描きながら「あぁ、コイツとも15年近く(初めて夢に出てきてから)の付き合いか(´ー`)」と考えていた所にこのアンケートで、なんだか書かずにはいられなくなって回答しました。

かなり長々と失礼しましたm(_ _)m

ねころぅ

1 自然災害をはじめとする災厄を見届ける。死なない。真実を目撃する。自分を使って周りの人々を守るとも薄っすら。それから、数種の特定の動物とコネクションを築く。そのように設計されたかのようにミッションとして思い込んでいたことで、きっかけや理由はわかりません。黒~赤へのグラデを災害の色と心の中で呼んでいて、それを殆ど毎晩夢に見ていました。

2 偶々地震のない場所で育ったこともあり、揺れる場所へ生活が移ってからはP派が到達する前の時点でいつも恐怖していました。色々と過敏が酷く、飛行機を見かけると隠れたりもしていましたが、やがて何が起きても生き延びられる人間になろうという方向に転換し、多方面で鍛えまくったらあだ名がバキになりました。(※似てないです)また、ペットとしてやってきた動物と一生の親友になりました。色々な意味で愛という感情を意識させてくれた存在だと思います。

3 段や資格を集め、災害などの対応にあたる職にもそれなりの期間就きましたので、もしも何かあれば一応誰かしらの役に立てそうな気はします。しかし今では幼少期に感じていた、ミッション的なものがあるというような感覚自体が幻想かもしれない気がしてもいます。幻想でなければ一旦終わったか、何かが変わったか。謎です。
今はもっと、身近な人間関係の中で調整役になるというか、橋渡しをするというか、物騒なイメージのかまない方向からの引力が強くて自分からも意欲的に寄っていっています。

幼少期に薄く感じていた「周囲の人を守る」というのはあくまでも「守るという行為だけ」であって相手に何らかの情を感じるかどうかは別問題と捉えていまして、実はスピリチュアルなことへ興味を持つに値するのかわからないほど即物的な人間だった時間が長いです。
執着こそあれど広義にも狭義にも愛なんて自分の畑ではないと思っていたのに、最近基本的に何でも愛おしいですし、人間関係も良好ですし、勘違いかもですがいわゆるツイン疑惑な人にも遭遇してしまいましたし、そもそもメタさんの作ってくださったこの場に出会ったことが大分大きいんだろうと思います。成長めざましい期間かもしれないですからがんばります。

長々と失礼致しました。ナイストーフキラー

あかね

メタさんいつもありがとうございます。

1.なんでこんな所に居るんだろう?いつか私は自分の相応しい場所に行くに違いない、と思っていました。

2.なんでこんな場所に居るんだろ?が、なぜ私は生きてるんだろう?に変わり生きるのが苦しくなりました。

3.それが結果的にスピリチュアルに繋がったんだと思います。まだ時々苦しいです。最近、存在するという喜びを感じに生まれて来たのではないかなと思います。

1. お友達の面倒みたり、リーダー的存在だったり、愛というか母性というものを自分のテリトリーを順々に拡大していくことが壁のような使命のような。アンネの日記を読んだり、神社で遊んでは、神様に相談したり、京都の修行寺におてつぎ奉仕行ってました。
2.小さなエリアを愛したり親しんだりするので、他人からは不思議に思われたり、無視などと誤解されたりもしました。ひとりでいることで気を休めることも多く、未だに貢献してる居場所では浮いてます。
3.東京のコンクリートジャングルに環境ホルモンやダークサイドなエネルギーを感じながらも10年以上住み、医療従事していました。現在はエネルギーシフトとともに鎌倉へ移住し、有名寺で座禅したり、僧侶にVegan体質や薬膳茶を教えた時はピッッカーン!!と光がカラダに走りました。

Egret

面白そうなので、思わず書き込みします。
1 昔現在過去未来が書かれた不思議な空間で、長い銀髪の人にいろんな形の愛を学んで、あなた自身を完成させなさいといわれました。
2めちゃくちゃ波乱万丈の猫生になりました。死に掛けたこと数度TT、でも、奇跡的な確立で助かること数度。そして猫生に迷うとなぜかありがたいことにその時々にアドバイスを下さる方が現れたり。現実は小説よりも奇なりです。
3まだま~だ学びの最中です。愛すること、許すこと、祈ること、浄化すること・・。今この時間軸のこの次元にいられることに感謝です。

garuda

1.拝む事と、面白い事を考えるのが自分の役目だと思っていました。 拝むのは東西南北の神様って決めて、なぜかお風呂に浸かりながら 四方に向けて「どうかよろしくお願いします」とやってました笑。
そうする事が自然という感じでした。

面白いと言えば、当時TVでやってた「ルーシーショウ」と「デン助劇場」がお気に入りでした。(昭和の匂いプンプン) 幼稚園生にしては
高尚な笑いを理解していたなと思います。

2.思春期以降は、チベットとバッハと空海が好きで、本と音楽に囲まれてお香を焚いたり、なんとなくストイックな感じが好きでした。
河口慧海のチベット旅行記を読んで、自分は河口慧海の生まれ変わりじゃないか?と空想を巡らしていましたね笑。
笑いに関しては、よりシュールな笑いを求めるようになって、自分の内側に何かを求めている感じでした。

3.多少の変化はあるものの、拝むことや面白いこと探しは今も進行中です。そして今、笑いのツボが同じ人が側にいてくれるのも悪くない感じです。

wakame

1.あなたは子どもの頃に、どんなミッションを感じていましたか?そう思うきっかけや、理由はありましたか?

A1.世の中を正しい方向に修正しなきゃならない、このままではだめだと、もっとまとまりない感じではありましたが、感じていました。

2.それはあなたの子ども時代、またはそれ以降の経験に、どんな影響を与えましたか?

A2. 空気が全く読めない子になりました(笑)

3.それは大人になった今、どのように実現されているとおもいますか?

A3.それを仕事にしたいと四苦八苦、七転八倒、崖っぷち、一寸先は闇の人生を送っています。

Saichania

1.私はトランスジェンダーで、小さい頃から自分は周りと違うということを感覚的に感じていました。物心ついてその事実に確信が持てた時に最初はショックと世界に対しての悲しみや憤り、どうして私だけこうなのかという不公平さを感じました。でもスピリチュアルな環境で育ったので、私自身がこの人生を「学ぶ」ためにあえてこの人生を選んだんだと考えた時には、自分を許して、そして同じ状況の人たちの指針になろうと思いました。
2.トランスジェンダーとして生まれたからこそ、人を愛することの自由さ、誰かを堂々と愛せることの大切さと美しさに気づくことができたと思います。また肉体(外見)に捉われることなく、相手の内面を見ることの大切さもこの人生を通して深く体験できるのだと実感しています。
3.まだ大人になっていないのですが、これからの時代はもっともっと個性が尊重されて、多様性が認められるような愛の世界が実現される確信が持てて、ワクワクしています。笑笑

アルベロステッラ男爵

1.どんなミッションを感じていたか?
A.〝ミッション〟という感じ方はしたことないです。
最近思い出したことがあったんですけど、
①コールタール状の渦に巻き込まれる夢をよく見た。
②軽く夢遊病的な気があった。夜中、母親の枕元にたって、「こんなむずかしいことできない」って泣いてたそうですw

2.子ども時代、それ以降の経験にどんな影響を与えたか?
A.1でいえば、そもそもミッション感がないので、ないです。
ただ、スターシード云々を知ったとき、「これ、オレやんけ」って解りやすかったのと、これまでの生きづらさみたいなものの理由として腑に落ちやすかったです。ストンって音がしましたもん。

3.大人になった今、どのように実現されていると思うか?
A.2年ほど前から絵を描き始めて、最近は漫画なんですけど、実は子どもの頃から絵を描くのが好きだったんですよ。漫画家になりたかった。
〝自称〟漫画家として実現しました^_^

ハマコ

1 型にはめられる集団教育にずっと居心地の悪さを感じていました。
周囲の信仰する(親など)特定の宗教の縛りや義務や条件付きのご利益も、嘘だと思っていました。
恐れが原動力になっている人や、恐れを植え付けようとする大人や集団からは逃げたいのだけど、子どもでは抵抗するのはなかなか難しい世の中だと感じていました。

2 窓際のトットちゃんやモモの本を読んで、私たちの世代がしていくのはこういう変革の作業なんだろうと思い、自由教育の学校に携わってみたり、時間泥棒にやられないような、今を楽しむってことを気の合う人達とやったり、大人になって自由に生き方を選べるようになってからは、喜びや楽しさを原動力にしています。

3 自分のなかでは実現できてる気がしますが、社会全体が実現できてるかと言えば、まだ恐れはあちこち転がってるように見えます。でも、とりあえず自分はそういう生き方貫くのがミッションなんだろうな、と思います。

puki

1. ただ漠然と、人は皆何かしら世の中の役に立つために生まれてきたと思ってました。友人たちに「当然だよね」と同意を求めると、「なに理想論を振りかざしているの」と言われ愕然としたものでした。

2. 結局、まるで何かに導かれるように医療従事者になっていました。

3. 仕事は辞めましたが、友人、知人から色々な相談を持ち込まれ、話を聞いています。オラクルカードを引くと「あなたはヒーラーです」ばっかり出ます。真に受けてはいませんが、これからも地味にお役に立てればと思ってます。

hari

1.ミッションというより、人がこうすべきと決めつけている事に対してものすごく疑問や抵抗がありました。自分らしくいようとすると指摘され、怒られ、誰からも理解されず。周りからいろいろ学びました。

2.人をジャッジし、競争することを学び、賢く社会的にハマる方法を学びました。しかし、社会人になると疑問だらけになり、苦しみました。何かが違う、私が生まれきた理由は社会に適合し、賢く生きるためではないと。私は周りに反発をうけながら自分らしく生きることにしました。今もいろいろ言われますけどね☺︎♡

3.私にミッションはありません。ただ目の前の人が私の子供の時に感じたように、周りのジャッジにくるしんでいたり、孤独を感じている人にあなたはあなたのままでいい、過去にとらわれなくていい、ありのままで素敵なのだと胸を張って言ってあげられるだけです。上も下もなく。優劣もなく。ただみんながみんな自分の人生を自由に創造でき、人生の責任者であり、自分らしく楽しく生きるということを、自分の人生で地味に示していくだけだなぁと。他の人ができて、自分にできないことはなく、自分ができて他の人が出来ないことなど、何一つありませんから。

Jannat

子どもの頃、地球の誕生から現在の人類に至るまでの歴史が知りたくて、当時のプレステのソフトで、調度その辺が学べるものがあったんですけど、それを夢中でやっていたことを思い出しました。宇宙飛行士の毛利さんが登場するやつです。
どうしてここにいるのか、とにかく知りたくて仕方なかった。
小学3年生の頃からずっとです。
そしてその頃から、昼夜逆転があり不登校でした。
ミッションは、ルーツに辿り着くことかな…
その流れで、子ども時代から恐竜が死ぬほど好きだったんですけど、今、恐竜を祖先に持つ鳥さんと暮らしているのが幸せです!
そして、私たちのルーツも、ここにコメントしてるぐらいですから分かってきちゃったってことです。
今、アンケートの答えを書きながら、なんだ子どもの頃のミッション、何気にクリアしてんじゃん!すげーじゃん!自分!とか気付いて、嬉しくなってきました。
結局、答えはいつも自分の中にありますね。

simoris

1.「寿命」という概念を一掃すること
5歳くらいの時に買い物帰りに病弱だった母と手を繋いでいるときに思ったのが最初でした。
私は常に幸せだったのですが、いずれ経験するだろう不幸と全ての人の不幸の源が永遠性の欠如からではないかと思ったのです。両親も他の大人たちも、それを伝承し続けてきた人間たち全てに「なんて、もったいないことを脈々と・・・正気の沙汰ではない」と、5歳の子供が(笑)

2.そんな事を忘れていた高校生時代、遅刻してぼーっと音を消してテレビを見ているときに唐突に「神・・・無限能力の源を忘れてた」!!と
心臓病の母は自分でやりそうになかったのと、自分がまず試してからというのがきっかけで
それから一般生活と常識を出来るだけ忘れずに、お決まりの?神霊治療・ヨーガ・チャネリング・UFO遭遇・宇宙人の学び終わってるのに執着して誘拐されそうになったり・瞑想・様々な出会い・人間の苦汁etcを獣のように貪って・・・あちらを覗き見させてもらったり、いろいろ思い出したり、ついに合一したけど地球時間数日で追い出されたり(とりあえず私は今は長く合一してしまうとこの世界で学ぶ意味が無くなって本当に終わっちゃう 人によっては覚者がミッションの方もいるのでしょうね、そこのあなたかも!)

3.ミッション・・どうもこうも、結婚生活もあり毎瞬生きるのに精一杯ですが、
永遠性を伴ってない自分は塵にも満たない(塵の大きさもない、というか無い!)となっている今では当初のミッションは実現されているのだなぁと思います進行形で。
かつて内から静かな爆発によって広がって家に帰った私は途絶えたことさえない愛の交流でした、今一度人の形を保ったままどこまで近づきながら生ききるのか葛藤した時期もありましたが今はもう出来る事はする、謎は謎のままでと生きてます
愛とはすべてですからな。ですからね。

同窓会気分でメタさんのHPを覗いて遊ばせてもらってます。
ありがとうございます。。

1 はっきりしたミッションは感じたことはありませんでした。「何で生まれてきたのだろう、何でここにいる?」という違和感は感じていました。

2 そんなことを考える子供は周りにほとんどいなかったので、表面的な日常と、内面の違和感を抱えて今もそれは続いています。スピリチュアルなものに解決を探っていった人生になりました。

3 大人になってから見た夢で「光の柱」というイメージがずっと気になってます。それがミッションかもしれませんが、具体的に何をすればいいのか、テーマが壮大で途方に暮れています。自分のペースでやればいいのでしょうけれど、すでにシニア世代になってしまいました。

ひとでふらい

いつも楽しく拝見しています。今日は思わずコメントしたくなってしまいました。よろしくお願いします。

1.この世から少しでも多くの寂しさを減らしたいと思っていました。友達を作る能力が無かったからです。もう一つあって、心を込めて声を発することです。小学生の頃から今に至っても尚、朗読やナレーションは何故か褒められてきました。

2.友達がいないわけですから、自身でさみしさを埋める術を無自覚のうちに身につけてきました。特に、自然にしろ人工物にしろ、美しいものを眺めることです。また、身近なことについて考察したり、神話や寓話、先人の残した思想や言葉について解釈するのを楽しんで過ごしてきました。高校生くらいまでは、イラストを描いてアウトプットするのに夢中になりました。

3.自分なりに出力した言葉を声に乗せて、美しいものを紹介する職を得ました。大好きな自然の光を、大好きな人工の光で再現して、観て聴いて頂く場所。そこで、演出やナビゲーターをしています。労働を通して祈りと愛を表現できるということは、本当に幸福なことです。

長々と失礼しました。

1、小さい時はユニークぼうやと言われるような風変わりで自由奔放だったようですが、物心ついた頃から自分の思いを素直に表現しない大人の言動や行動に違和感を感じていました。だから自分自身も自分を表現する事を躊躇し始め、どこかでいつも孤独感を味わっていました。

高校一年の時に父親に「お前の事を愛していない」と言われた事が「自分はなぜこの世界に生まれたのか」と自分に問うきっかけとなり、「一人ひとりが自分の思いにただただ素直に生きている世界を実現したい」という意識が強くなりました。

2、それ以降は、自分の思いを歌や言葉にする事で自分が違和感を感じる事に対して、向き合い、立ち向かっていました。愛を求める気持ちが強い分だけ常にこころに哀しみや自分や社会への怒りを感じ、本来の自分、本来の世界を探し続けていました。

3、20代後半に脳腫瘍を患い、その経験と学びと成長という機会を与えてもらってからは、こころびとという生き方、こころびとカラー音叉チューニングサウンド、こころびと言の葉を通して自分の存在自体が愛なんだと気付く機会をいただいています。

このように思いを分かち合う機会をくださり、感謝しています。

ありがとうございます。

つるこ

1絵を描く事を通して何かを達成するという使命みたいなものを感じていました。かと言ってそれを職業にしたいとか、それでお金を儲けたいとか、有名になりたいなどの気持ちは全く無かったです。ただ漠然と自分は「将来わたしは美術年鑑に載る」と知ってました。

2子供の頃も、大人になってからも、特にトレーニングする事がなくても芸術に触れる時間や気持ちを忘れないだけで何の苦もなく腕を上げる事ができました。絵の存在で、どれだけ辛い時も救われました。ただ絵を仕事にしたら自分の自由に出来ないようになりそうな恐怖があり、美術学校には行きませんでした。

3画家兼デザイナーをしています。子供の頃に美術で自分が救われた事もあり、地元の美術展にこども絵画部門を立ちあげるために頑張っています。子供に絵や自己表現の素晴らしさや、得意な事が人生にある豊かさを伝える事、そして自分の作品を通して芸術から受け取ったエネルギーを世の中に少しでも還元する事がミッションだと感じています。

yu-ya

自分の描いているものと同列に語るのはおこがましいですが、「絵を仕事にしたら自分の自由に出来ないようになりそうな恐怖」僕も分かる気がします。
美術系の学校に行って学んだら逆に「描ける何かが小さく狭くなってしまう」ような気がしていて、普通に就職に有利な高校に行きました。現在ふつうの仕事をしながらイラストを描いています。

CACAO

1. かなり小さい頃、多分幼稚園に入る前から「何か思い出さないといけないことがある、それがなんだか思い出せない、、早く思い出さなくちゃ」と思っていました。
2. 本当のことが知りたいという探究心が早くからあり、小学校の高学年〜中学生で心理学の本を読んだりしていましたが、同じ頃バシャールの本に出会いやっと探していたものを見つけたと感じていました。
3. 今は、毎日の生活の中で自分が吸収したことを実践しています。特にここ数年で、愛や許しの本当の意味についてたくさん学んでいる気がしています。

hhh

1.なぜか鏡を探していました。鏡のことを考えていました。
具体的にいうと「鏡の謎を私が一番に解いてバーンと発表するんだ。解き明かすまで、私が鏡の謎を解いていることは誰にも知られないようにしなくては」など。
なぜ鏡は映すのか。小さい頃、物心ついたときからずっと考えていて、幼いなりに「見えるのは光だからだ」に到達できたことは、小さい自分がんばったな、など今、思います。
大きくなるにつれ鏡のことは忘れていたけれど、今は、そこから発展している今と感じられとても気分よく生活できています。何年も。

2.42才の今、思い返すに、子供のころは修行していたのではないだろうか、と思います。赤面症でした。思いが言葉にならなくて、昔は口ごもること多かったです。
今はそのおかげで洞察、人のふり見て自分を直せ、みたいなこと普通にできるようになったので本当によかった。もはや敵なし、みたいな。

3.占星術に出会って、鏡は占星術であったのかな、と思います。占星術と鏡は似ているんです。真正面からみるだけではなく角度を変えて、見えない裏も推察する、みたいな。
ミッションは、地場調整かな、と思います。胸で響かせる。

メタさん。ありがとうございます。ご自愛ください~

Yaco

1.ずっと「安心」を求めてました。母の精神が不安定だったことが要因かもしれません。あと「もう二度と生まれたくない」と思っていました
2.「安心」を選択するごとに「安定」から遠ざかってゆく生活に疑問と不安を感じてました笑
3.「安心」が分からないままオバさんになりました。昨年猫が死んで火葬したお骨を見た時、生まれて初めて「絶対的安心」を感じました。

ミッションかは分からないけど…「死」は「安心」だと気付いてから生きるのが楽になったので、そういう人がどんどこ増えるといいなーと思ってます

1、ミッションと考えていたことは特になかったように思うのですが、一つだけ強烈に覚えているのが(そして今でも興味が尽きない分野なのですが)、幼稚園だか小学校低学年だったかくらいのときに何故か私はある日一人で家にいました。その静かで音のない空間に一人佇んでいたときふと、「今いるこの部屋って、私がいないときでも時間が経っているのかな。」と疑問に思いました。さらに息を潜めて部屋を見渡して「今この瞬間、時間って流れているのかな」「たとえば10年間この部屋に誰もこなかったら、それでも時間って10年流れているのかな。この部屋だけ時間が経たないで今のままなんてことあるのかな」なんて考えていました。またある時は自分の手や足を見つめて、動かしたりしてみて「なんで、、、、これ。なんで、、、この体に私が入っているんだろう?だれか別の人が入っててもいいんじゃない?なんで私がこれなんだ??」と感じていました。別にいやだとかじゃなくて、なんか不思議だったんです。
2、この経験があるから、次元の話やアセンション、生まれ変わりのことなど違和感なく受け入れることができ、今の時代の変化に乗っていけているのだと思っています。
3、特にこれで何かを成し遂げた!とかはありませんがずっとこの辺りの興味は尽きませんし、むしろ理解が深まるたびに楽しくて嬉しいので、このままつっぱしって地球全体の次元次元上昇に役立てたらと思っています。まだ具体的なお役目の話はないのですがね。あるのかもわからないですけど、あったら嬉しいなあと真剣に思っています。
ちなみに関係ないですが、子供時代の「なんでこの体に、私が入っている!?」というのと同じ経験をした男性に出会ったので運命の人かと思いましたが、なんか違うようです(笑)。

そうだ、話がバンバン飛びますが、メタさん、今度私たちのようなライトワーカーの男女の(男男、女女ももちろん含む)恋愛パートナーシップについて書いていただけませんか?おそらく私たちの多くが、このスピな部分を共有できるロマンチックなパートナーを欲してると思うんです。でも、(私の場合ですけど)まだ巡り会えていない。このスピの部分ってとっても私にとっては大切な部分だからぜひシェアできる人と一緒にいたいのですが、どうなんでしょ。私と同じような悩み(?)を持っているライトワーカーって多いはず!よろしくお願いします!m(_ _)m

mizuki

皆さんのコメントを読ませていただいて。。とっても楽しい気分になりました^^♪
有り難う御座居ます♪

1.あなたは子どもの頃に、どんなミッションを感じていましたか?そう思うきっかけや、理由はありましたか?

 小学校に上がる前は、祖母の庭の植物や花、アリで一人遊びしていました。(周りに友達があんまりいなかった)
 小学校の1,2年の担任に、「何を考えているかわからない」と言われるような、半分くらいボ~~っとした子でした。
 人が沢山居るところでは、音がうるさかったりで、半分寝てるような状態になっていたみたい。
 夜がとても怖かった。真っ暗にして寝ることが出来なかったなぁ。。
 そんなこんなで、ミッションは全然全く感じていませんでした。

2.それはあなたの子ども時代、またはそれ以降の経験に、どんな影響を与えましたか?

 優しい女性が好きでした。(傷つけられない、安心できる。。的な?)
小学5、6年の頃の担任の先生(男性)が、赤ちゃんの頃に股関節脱臼をした女の子に、身体的な傷つくような言い方をしているのを見て、かなり怒りを覚えました。
 月間「ムー」を買い始めたのはこの頃だったかも。。

3.それは大人になった今、どのように実現されていると思いますか?

 今でも緑の近くに居るととっても心地いいです。
 一人遊びも好きです(笑)
 無神経な男性 の言動に対して、我慢できなくて、男性を怒らせるのが得意かも(笑
 ぎりぎりまで我慢をして、突然爆発するので、パートナーとなってしまった男性はビックリするらしい。。けれど。。最近、私のような女性(我慢してしまう)とお話しすると、お互いに共感できて、面白いなぁ。。と感じています。
 不思議系、スピ系、ボディワーク、エネルギーワーク、心と身体、最近は、特に女性の自立について。。。に興味がつきないです。
 

けいちゃり

1.正しい行いをする。

2.かなり幼い頃から、「正しさとは何か?」をよく考えていました。
正しさ=親や先生に褒められること??そしたら誰も見ていない時にした親切って無駄なの??…とか、理不尽に褒められたり、逆に叱られたりする矛盾に苦しみました。
そのうち漠然と「正しい行い=愛にもとづいた行い」であることに気づき、すっきりした覚えがあります。

3.すべての出来事はそれぞれの正しさ(=愛)によって起きている、と思えるようになったので、人を嫌ったり、憎んだりすることが少なくなったような気がします。
今でも常に「愛にもとづく正しい行い」がしたいと思い生活してます。

れん☆

1.どんなミッション?
鍵ッ子で父死亡で母もっと働く、という孤独な環境だったので、社会的なミッションというより、ひたすら自分の内側へ入るよう促されていた気がします。

2.それはどんな影響を与えましたか?
人の心のメカニズムを解明したいという想いに発展し、人が怒ったりすると「なんで怒るのか?」という怒る「理由」に興味が向くようになりました。

2.それはどのように実現されていますか?
ヒーリングの際に心理学からのアプローチとしても役だってます。

Mayu

1.
なんだかやたら、わたしが助けなくちゃ!っておもってましたね。長女ゆえ?とか、おかあさん病気だから?とか、なんか理由がなきゃおかしいとおもうほど、それが当然だと感じていました。
あと、愛情を平等に与えてるって押し付けられるのに疑問があって、愛ってそんなんじゃなくね?っておもってたなぁ。

2.
とりあえず、困ってる人を放っておけない。金髪でピアスだらけのころでも、それは変わらなくって、優等生にも真面目人間にも、おしゃれバカにも、不良にも属せない、もうれつな孤独につながりました。ゆえに「孤独」は人生でとっても大事なキーワードです。つながってるって気づけましたからね。
わたしもブランキー聞いてましたよー!(同世代に共有できないやつ)
なんてったって長らく住んでるのは、ベンジーたちのふるさとの地ですからね。ふふふ
なんかブランキーの音楽ってアメリカっぽいなってずっと思っていました(行ったことないのに)

3.
やさぐれ期もとうに通過して、なんやかんや子どものころ考えてたことを実行してるんですよね。だれかを支えられるつよさに気づけたんですね、きっと。

Yoko Iida

1. 動物や植物と仲良くなり、平和な世界を作ること
2.常にエコロジーを考慮し、平和について考えた青春でしたし、そうしたことを発信するマスメディアで働いてきました。メアドは生態学を意味してますし。
3.そしてなんと、人生の後半に入ってから、環境コンサルの会社でバイトを始め、複数の資格を取る予定です。さて、それらをどう活かすか…ここ数年が仕上げの時期になるはずです。

yu-ya

1.小さなころは何の疑いもなく「何か大きなことをやる、普通の人にはできないことだ」という確信をずっと持ってました。ただ調子に乗ってるみたいでウケますが・・・笑

2.どんな影響があったかは分かりません。
勉強を真面目にやってる「できる子」だったので、高校生ぐらいにはその感覚を理性と常識で否定していました。同級生どうしの悪口などを、すごくアホくさくつらく感じていました。何かを作ったり絵を描いたりして暮らしていたかったし、何故か自分はそうなるものだと思っていたので、そうできないのがものすごく苦痛でした。

3.活かせるとしたらこれからだと思います。
現在、死にかけたりした後でようやく立ち直ってから1年ほどなのですが、プロのヒーラーさんから「ヒーラーの素質がある」「多分あなたはインディゴ」と言われてこのサイトを見たりといろいろ勉強し、子どものころにそういう感覚がずっとあったことを思い出しました。

今はいろいろなつらいことが必要なステップだったのだと思っています。

yu-ya

追記:
さすがに大人になった今現在は「すごいこと、大きなこと!」や「普通の人にはできない!」みたいなおそろしい捉え方はしていません・・・w
でもその傲慢さのようなものが、結局辛かった時期も自分を支えていた面はあったと思います。

sen

1、子供の頃に感じていたミッションはないですが、記憶では保育園に通っていた時から臆病で、人付きあいも苦手で生きづらさを感じていました。

二十歳になるかならないかの時に、
自分の生きづらさはアダルトチルドレンだからかも?と思うきっかけがあり、
その時に、「この家系の負の連鎖を私が止める」と決心したのを覚えてます(笑)

2、数年後の現在、ヒーリングやカルマの浄化が生活の中心になってます。

3、実現できてるのかなあ、よく分からないです。
でも私のエゴかもしれませんが、
「自分が癒されれば他の人も癒される」というのをどこかで読んだので、
そうだといいなあ と思ってます。

花さかねえさん

① ただひたすらに母を守ること。
② 父方の家族が子ども心に美しくない人たちだなーと好きじゃなかった。
母が宗教にはまり始め、孤立しそうになっていたので、ひとりぼっちにさせてはいけないと思い、自分も組織宗教の一員として生きるようになった。
自分が鬱病になって、もはや母のためだけに続けるのは苦しくなり、宗教から離脱。
母とは絶縁かと思われたが、付かず離れず。
③ 場のエネルギーの調停役、空気読みまくる。のがミッションかどうかは分からないけれど、無意識にやってたことがけっこう役だっている。

☆間違えて過去コメントを全削除してしまうという大ボケをこきました。お話ししてくださった皆様、メタ様、大変失礼いたしましたm(__)m
この場を借りてお詫びいたします。

イポンカ

子供の頃から、今思えばドロップアウトしている人達とよく一緒にいました。
私はドロップアウトしてないですが、心は誰よりもアウトローでした。

集団のヒステリーさを見るのが滑稽におもえていました。
例えばちょっと前に不倫問題で世間がギャアギヤアしている時もバカバカしいなと。

今、不登校に関するブログやら、今の学校教育が気持ち悪いというのを流布し、日本の学校教育を変えたいと活動。冥王星強め。
原子力事故の活動もしてます。

モレ(more)

1.あなたは子どもの頃に、どんなミッションを感じていましたか?そう思うきっかけや、理由はありましたか?
大人達が
常にいがみ合い憎しみやら
解決する方法がわかり
言葉やユニークや あちらこちらに伏線を置いたり
時間がかかっても
お仕事のようにやってました

2.それはあなたの子ども時代、またはそれ以降の経験に、どんな影響を与えましたか?

大人になるにつけ 世界や国や家庭の
常識や価値観に飲み込まれ
そのトキメキ能力が徐々に消え
いや 忘れてさしまいました

3.それは大人になった今、どのように実現されていると思いますか?

もう選択肢がないほどの事件に何度もなり
もうだめだという 地点からリミッター解除がおこり
今 アウェイクニングなのです

その後にこの場合にたどり着いたのです

ありがとう ありがとう 新しい教科書なのです

amira

ミッションてのじゃないのですが、自分が不思議でしたね。自己っていうんですかね?なぜこの体でこの環境に生まれたのか。その答えというか「あぁそうか」と思えたのは最近なんですね。自分の小さな足を見下ろして自分というこの認識はどこからくるんだろうとか不思議でしたね。前世の記憶でもあればすぐ納得できたんでしょうね。
言葉で言い表せないミッションもどきもありましたね。今しているような事ですね。
絶望しない、しゃんと立って生き抜くみたいな事ですね。

numa

1 自分の中の世界を発信したいという願望があった気がします。絵、演技、写真など。あと見聞きしたものをその人が体験できるかのように話したい、みたいな、そんな事が好きでした。

2 大人になる過程で、自分の世界を見せることに恐怖心が植え付けられていきましたが、絵だけはなんか続けてました。でも楽しく描くってことは出来なくなって苦しかったです。悲しいけど、今はそんな自分を受け入れましたが。

3 結局今も絵の仕事で生きてます。今は断捨離と手放しの時期なのでほんとにそれしか残ってませんが、なんか意味があるのかなと。点はたくさんあるから、線になる日が楽しみです。