小室哲哉氏とシフト


小室哲哉氏の引退会見

引退会見のニュースがあった日、アベマTVで中継をやっていて、たまたま後半の質疑応答からチェックインしたのですが、あんまりすごい話だったので、ずっと最後まで見入ってしまいました。

なにがすごかったかと言うと、生前ライフレビューかと思うくらい、学びと教え、コントラクトとミッションについて、本人の意識しないところで、当の本人がもりもり語っていたからです。

スピリチュアルに関わる者として、誰かの人生を勝手にリーディングするのは全くダメなことなのですが、本人が話してるんだからまいっかと言うのと、私たちそれぞれにフィードバックすることがあると思ったので、この件について、なんとなく書いてみようと思いました。

でも教えと学び、コントラクトについては書くのはやめました。これぞまさしく、他人がとやかく言うことではないからです。

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小室さんのミッション

彼の会見を見ていて強く感じたのは、彼が未来を見通し、新しいエネルギーをもたらすヴィジョナリーなのだということです。

会見の最後に話していた、「音楽業界のビジネスモデルを変えていくべきだ」ということと、「介護の問題や家族の苦悩にどう向き合うか考えなくてはいけない」というのは、両方とも、めちゃくちゃホットなトピックですからね。

ヴィジョナリーとしてミッションを授かって来た人は、時に自分の人生を犠牲にしてまで、人々にヴィジョンを提示するというのは、実にすごいもんだと思いました。もちろん、スピリチュアル的には、犠牲では全然ないですけどね。

でもヴィジョナリーでありながら、なんでここまで予見できなかったかと言うと、エゴのヴェールがあったからでしょうね。あれだけ成功したら誰でもそうなりますから、そこは仕方ないです。本当は、本人も気付いていたでしょうけどね。

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小室さんとシフト

今回の一件では、週刊誌やワイドショーが悪いということになっていますが、実際、彼らは昭和の時代から、やってることがほとんど変わりません。でも当時はメディアと私たちの距離が今より全然離れていて、何かあっても遠くの火事に過ぎなかったように思います。インターネットの発達が、その距離を大きく縮め、メリットも生めば、デメリットも生みました。

でも結局は、メディアもインターネットも、私たちの集合意識の反映です。つまりは、私たちの中に誰かを断罪したり、ジャッジしようとする意識があるということで、そのネガティブな感情をどう扱うか考えるチャンスを、今回の出来事は与えてくれたように思います。難しい問題ですが、まずは愛を送ることが最優先だろうと、個人的には思っています。

それからシフトということで言えば、これまで築いてきた虚栄の生活を捨てて、パーソナルな幸せにグラウンディングした生活に入るということは、むしろ全然いいことですよね。

これはアウェイクニングの定石通りと言えますから、たとえ大きな代償だったとしても、そこに対する執着を捨てることが出来れば、今後、人生は本当の意味で豊かになります。

ありのままの自分の価値を評価すること。無条件の愛を知ること。全てシフトのプロセスです。本人からすれば、シフトとか、まじ余計なお世話だと思いますけどね。

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小室さんとオーセンティックセルフ(本来の自分)の表現

小室さんが音楽業界に与えた功績というのは、歌謡曲とダンス音楽という、いわば別々のタイムラインをクロスオーバーさせたことです。小室さんの存在なくして、エグザイルその他なしです。

でも彼は結局、クリエイターではなく、ヴィジョナリーであり、アーティストなので、売れるものと、自分が本当に作りたいものの間で、とても悩んだと思います。何も考えず、次々に商業音楽を生産するのは性に合わない一方で、それを無視して完全なアーティストになることも、やっぱり選択できなかったんでしょうね。

偶然、米ラッパーのエミネムも、「Walk On Water」と言う新曲で、かつての栄光と現状への苦悩という、小室さんの話と似たようなテーマを書いています。聴いているこっちが動揺するくらい切ない歌詞なんですが、最後の最後で恰好いいことをガツンとぶつけてきて、ぐっと来ます。「俺だって人間だぜ。でもマイクを握らせたら、俺は神だ」的な。 私の日本語訳がダサくて残念ですけど。

魂の目的という観点から考えたら、究極的に重要なのは、本来の自分のエネルギーを表現するという、その一点に集約されていて、それがどのように現実世界に波及していくかは、また別問題です。魂から見れば、現実なんてイリュージョンですから、そこはあんまりどうでもいいんです。

全てが変化していく中で、変わらない自分の価値と尊厳を認めること。ありのままの自分を愛し受け入れること。表現すること。伝えること。それらが本当に大事ですし、結局は自分を現実にグラウンディングさせることになります。

「なんだ、やっぱり自分のままでいいんじゃん」ってことですけどね。

そして私たちは人間ですから、やらかしとアップダウンはつきものです。でも、どれも通過点であって、ゴールじゃない。

小室さんも、いつかまた自分が本当にいいと思う音楽を作って、私たちに届けてくれるのだと思います。



小室ブームと言いますが、私は家にテレビがなかったので、実感として自分のタイムラインに入ってない感じがあります。相変わらず友だちもいなかったんでしょうね。

覚えている限りで、当時の私に何ブームが来ていたかと言うと、思い切り古本ブームでした。いつもかよ。

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追記

昨日、夜中に目が覚める、通称「アセンション起き」が珍しくあって、その時に頭にドンッて入って来たことが2つありましたので、余計ですけど、せっかくだから書きます。

1.不倫の是非について

私は、正義感とか倫理観が、まるで抜け落ちている人間なのですが、不倫は健康に悪いと、個人的には思っています。倫理的にということではなく、自分の感情の穴や揺らぎ、満たされない部分を、自分以外の誰かや何かで補完しようとしても、最終的には自分にダメージを受けますし、誰かを裏切ることは魂を非常に傷つけるからです。

2.失敗への恐れについて

集合意識の中に、失敗をすること、失敗を責められることへの恐れというのが多くあって、謝罪会見なんかは、その防御策ですよね。

怒りというのは、自分が奪われたと思っているエネルギーを取り戻す手段でもあって、たとえば誰かを責めることで、自分が正しいと思える時、ちょっとスカっとするみたいな。それも結局は、ある意味、自分が失敗であると言うことへの恐れが、根底にあるように思います。ただし、怒りは、結構バリエーションのある感情なので、一概には言えないですけど。

いままで続けてきたことに、まるで価値がなくなってしまうような急激な変化の時代にいて、私たちは、自分の価値を見失い、自分の人生が失敗であったかのような錯覚をしてしまいます。かたや、世間的に成功者と見なされる人たちも、インターネットにのって、あふれかえっていますしね。

でも、70億越えの人類の中で失敗したことない人なんていないんだし、失敗したら後がないという感覚を世の中に作り出すと、みんな辛くなるばかりです。

誰も失敗なんかじゃないし、全然だいじょうブイだし、ミニにタコみたいな世の中になればいいのになと思います。

 

 

 

 

 


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