チャネリングメッセージの信ぴょう性と個人のフィルターについて


チャネリングメッセージの信ぴょう性

チャネリングメッセージは、インターネット上に沢山出回っていますが、本物はどうやって見分けるのかという質問をいただくことがあります。

チャネリングメッセージを伝える方法は、自動筆記、口伝の2種類があります。その分量も、短いものから長いものまで各種ありますが、インターネット上に出回っているメッセージは、ほとんどが自動筆記か、録音テープからの書き起こしだと思います。

信ぴょう性や正当性の如何は、個人の見解によって変わります。

私は、チャネリングは全て、それを媒介する個人や文化のバイアスが加わると考える方が健全だと思いますし、究極的には、そのメッセージを受け取る人にとって、より良い人生を生きるための個人的な気付きに過ぎないと思っています。

でも、たとえば「高位の神の純粋な言葉を伝えていて、そのメッセージを伝えることが、自分の使命」と、考える人もいます。

チャネリングは、神さまと同じで、どっちみち科学的・物理的な意味で確実な信ぴょう性はないですから、ある程度の距離を置いて接する方がヘルシーだと思います。チャネリングメッセージの正しさとは、それが事実であるかどうかと言うよりも、自分の心に響くかどうかが、あなたにとっての「正しさ」になります。

でも、その辺も含めて、個人の好き好きなんだろうなと思います。

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個人のフィルターが入る可能性

チャネリングメッセージはどれも同じソースから来ると思いますが、ガイドや天使など、仲介するエンティティを使うと、ワンクッション挟む感じになります。

同じエンティティやソースをチャネルしていても、人によって違う名前で呼ぶこともあると思います。

 

向こう側の領域は、究極的には一つのエネルギーとしてつながっていますので、光のメッセージとしては、そこまで大幅な違いは生まれません。メッセージの内容が相反するような場合があるのは、それをチャネルする個人のフィルターが異なるからです。

もちろん、チャネルする人は、余計な雑味が入らないよう練習しますが、完全にフィルターを通さないというのは、本人が死なない限りあり得ないと思います。たとえフルトランスであっても、チャネラーの肉体の感覚は使いますし、顕在意識と潜在意識は切り離された別々のものではないからです。

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フィルターのバイアスを見分ける

個人のフィルターを通すとは、言い換えれば、その人のエゴが入るということです。メッセージにどの程度、個人のバイアスがかかるかは、エゴの機能や特徴から考えると明確になります。

エゴの機能でありがちなのは、敵を作る/優劣をつける/特別意識を持つ/カテゴリやジャンルに分ける/複雑にする/分離するなどです。こうした要素がメッセージの中に入っていれば、それはチャネルする人のフィルターが、ソースの純粋なエネルギーにバイアスをかけている可能性があると言えます。

そう考えると、ほとんどのメッセージにバイアスがかかっている気がしますが、バイアスが良くないという訳ではありません。

般若心経と、聖書と、ノストラダムスの大予言の違いみたいな話で、好きなやつを読んで、好きな言葉を自分のために利用すればいいのです。

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チャネリングメッセージは、エネルギーツール

私にとってチャネリングメッセージは、自分のバイブレーションを変えたり、ブロックを外すためのエネルギーツールです。と言うより、そのために必要なエネルギーを読んでいくと、メッセージになる感じです。

バシャールがよく言うのは、そこにあるエネルギーを読んで、現在の状況や、高い可能性を言うことは出来ますが、予言などと言うものはあり得ないということです。

エネルギーを読む系の人は、この話がよく分かると思いますが、神託系の立場をとる人は、ピンと来ないのかも知れません。なにしろ、神は絶対ですからね。実はこの両者、やってることも、読んでるソースも同じだけど、考え方が全然違うので、言ってることがばらばらになっているだけじゃないかと、私は思います。

でも別に、どっちの立場が偉いってこともないです。自分の好きな宇宙を作れるばいいんですよ。



私にとって訳し辛いタイプのメッセージというのはあって、エネルギーがぼこぼこしてたり、本人の気持ちよさばかりが入ってたり、簡単なことを難しい言葉で言ってるのが苦手です。訳そうと試みては、うんうん唸って途中で挫折し、他の誰かがやってくれるだろうと、心の中でバトンタッチします。

でもそういうメッセージが好きな人もいて、世界は役割分担ですから、いろいろあっていいんだと思います。

 

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