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大切なものはなくならないという話

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”大好き”が強い子

子どもの頃、私はとても大好きが強い子でした。大好きが強いというのは、何かがとても大好きで、熱が出てしまうほど愛してしまうということです。

何が大好きだったのかと言うと、お気に入りの遊び場だったり、近所の商店街だったり、生まれた町だったり、クラスの仲間だったり、こうして書いてみると、じゃりんこチエみたいな子なのですが、とにかく好きで好きで仕方なくて、考えると夜も眠れなくなってしまうことがありました。

でも、やがて、大好きだった場所はなくなり、人も変わります。見える形がなくなってしまうことで、大好きだった思い出まで消えてしまうようで、体がばらばらになってしまうように感じました。それを見ているのが辛かったのも、大学に入って上京した理由の一つです。

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人生の魔法

ある時、大学生になってから、ふと気付いたことがありました。大好きだったものは形としてなくなってしまったとしても、私の心の中にはいつまでも変わらぬ姿で存在し、私の王国として私を守ってくれていると。

さらにある時、その素朴な気づきが、スピリチュアルの教えの中に言語化・体系化されているのを見つけて、びっくらこいて、今に至ります。すごく端折ってますけど。

昨日、夢を叶えるという話をしました。時間は直線的ではなく、全てはエネルギーだと言いながら、夢の実現に関しては、その点を忘れてしまうことが多いように思います。自分の願いを願い通りの形で、直線上の時間に実現することを考えてしまうのです。

でも本当は、形は変わるけど、変わらない本質があるのであって、そこにこそ人生の魔法はあると思います。

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エネルギーの魔法

人についても同じです。たとえ肉体を離れてしまっても、エネルギーとして形を変え、いつも一緒にいるし、ハートを通じていつでも会えます。

自分についても、そうです。人生を進んでいく中で、肉体も周囲の環境も、価値観も、全ては形を変えていくでしょう。でも、形が変わったからと言って、大切なものがなくなってしまう訳ではないんです。

これまでも、今も、これからも、あなたはいつでもあなたであって、永久になくすことはありません。あなたであるという点において、全てなるものの一部であり、守られ、許され、愛されています。

あなたを通じて全てはここにあり、あなたが愛を注ぐものは、等しくあなたにも愛を注いでいます。

そう考えると、「なんだ、何もしなくて大丈夫なんじゃん」という、いつものオチになるんですけどね。

「大切なものはなくならないという話」への3件のフィードバック

  1. こんにちは。
    私、個人の考えとして、身軽であればあるほど、何かに執着しなければしないほど、アセンション【しやすい】というのがあり、私自身、「もうこれ以上なくすものなんてない、とっても大切な3つのことを除けば…」と日々思っていたところ、その3つのうちの2つを今、失いそうになっています。
    でも、こちらの記事を拝見して、失うことなんて何もないと改めて思いました。
    とは言え、感情はあるので、涙を流しながら書いていますが、大丈夫です。
    いつもありがとうございます。

  2. 私も今の生活に入る前に、それまで自分が大切に思っていたものを、何もかも手放すことになりました。「これも捨てなきゃいけないのか…」と思うことも、沢山ありました。

    でも今になれば、これはやっぱり自分の計画だったし、私は完全な自由を経験したくて生まれて来たんだなと思います。

    「身軽であればあるほど、何かに執着しなければしないほど、アセンションしやすい」というのは、本当です。

    痛みなんて、後から忘れます。
    その時はものすごーい痛いんですけどね。

    でも自分の中の本当に大切な部分を、失くしてしまうことなんかないんですよ。

    全ては、なるべき姿になります。正しい道が開けます。魂に導かれていると信じてください。

  3. こちらに書き込みして数時間後、失うことなんて何もないことがはっきりとわかるサインが物理的にやってきました。
    三次元にいると物理的なサインに安心してしまう自分がいます。
    また、こうやってメタさんとやりとりできているのも、テレパシーとかじゃなく、物理的ですよね(^^)

    アセンションを願う一方で、この世界の物理的な感触が好きで手放せないのかもしれません。
    日々、色々と思うことがあります。

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