アメリカのスピリチュアルと日本のスピリチュアルの違い

自分の経験から気付いたことを、まとめます。


アメリカのスピリチュアル:科学&自力&コミュニティ

科学:
アメリカ人はプラグマティズム(実用主義)の国で、科学がいわば宗教のような立ち位置にあります。ですから、スピリチュアルでも、ヨガや瞑想、エネルギーメディシンなど、心理学や脳神経科学の研究対象となるものが好まれます。

これはアメリカにおいて、科学が割と広い領域をカバーしていることも表します。日本だったら、東大がスピリチュアルの現象を研究するなんて、まだまだ考えられませんよね。

また2000年代以降、マインドフルネスの流行があり、スピリチュアルは、俄然メジャーになりました。グーグルが、社員研修で瞑想を取り入れたのがいい例ですね。

自力:

アメリカは、自治と独立をリスペクトする国民性ですから、ヨガや瞑想はもちろん、引き寄せの法則や、自己啓発など、マインドを使って自力で体験するテクニックが好まれます。

アメリカ人に禅や仏教が人気なのも、ブッダが神ではなく、宇宙の真理を説いたティーチャーであり、彼の教えをベースに、自力で悟りに達することが出来るところがいいんだそうです。日本人の仏教観にはない発想ですよね。

コミュニティ:

その分、日本人が考える、いわゆるスピリチュアルは、あまり目立ちません。これは、結構意外でした。ビジネスとしては、日本の方が全然層が厚いです。

もちろん、ヒーラーやチャネラー系の純スピリチュアルな人はいるんですが、みんなセドナやマウントシャスタに住んでいて、都会には出てこないんだろうと思います。マウントシャスタに住んでた人の話では、日本人女性がめちゃめちゃ来ると言ってました。

アメリカのスピリチュアルは、コミュニティベースでの活動が結構あって、瞑想グループやヒーリングのチャリティセッション、サイキックフェアなど、小規模かつ非営利な集いが盛んです。

そうした集いを探すには、ミートアップというサイトを使います。日本版もありますが、アメリカでの普及率に比べると、全然マイナーです。

以下のリンクは、東京でやるスピリチュアル系のミートアップのページです。興味のある人は、見てみましょう。

信条meetup in meetup.com

この信条って日本語が怪しすぎですけど、リンクから他の地域や他の種類の集いのページにもジャンプできます。

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日本のスピリチュアル:八百万の神&他力

八百万:

一方、日本は八百万の神の世界ですから、アメリカに比べたら世界観がもっとファンタジックですし、何か大きな力を認識しやすい所があると思います。

スピリットガイドや天使、アセンデッドマスターなどが日本人にフィットするのも、、八百万の神や精霊に守られていると考えるからでしょうね。アメリカ人にとって神とはイコールキリスト教の神であり、ちょっと抵抗があるようです。また科学が好きなアメリカ人にとっては、宇宙や全てなるものという言い方をした方が、しっくり来るようです。

他力:

日本人の宗教観は独特だと、よく言われます。私たちにとって、ご利益とか、祈り、神の導きという発想は、生活の一部ですが、アメリカではコアなキリスト教系の人たちが担っているジャンルであり、そうでない人たちには迷信的と思われます。彼らは自力を尊びますから、判断や力を、いくら神とは言え、他人任せにしてしまうというのが、ありえないんだと思います。

その逆に、日本だと自己啓発って胡散臭いじゃないですか。私たちにとって自力の思想は、ちょっとおこがましく感じてしまうところもあるんですよね。

また、スピリチュアルビジネスが、日本でより普及しているのも、一つには、お金を払ってサービスとして利用した方が安心できると考えるからではないかと思います。ここでも自力より、他力なんでしょうね。

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日本人のスピリチュアリティの弱点

特徴というのは、長所と短所が含まれるものであって、一概に悪いとは言えないのですが、私が思う日本人のスピリチュアリティの弱点とは、やはり神頼み&パワー頼みになりがちなところだと思います。

自分の外側に力の在り処を求め、力が足りないと不安になったり、守られてないと見捨てられた気分になってしまうなら、まるで燃費が悪いです。

また日本人のナチュラルな集合意識感というか、協調性は天下一品であり、空気を読むのなんて、まさにサイキックの領域です。

でも集合意識って、みんなが同じ意見になるということではないんですよね。エゴの壁がなくなることで、比較や競争や対立がなくなるということです。

私たちが草花や動物など、あらゆるものの中に生命を見出し、つながりを感じられるのと同様に、「みんなちがって、みんないい」になれたらいいのかなと思います。

そのためには、一旦、個を尊重するというところまで分解する必要があって、だからこそ自分をあるがままに愛せるようになるためのスピリチュアルの教えが生きて来るんじゃないかなと思います。


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