スピリチュアルにまつわる7つの誤解

スピリチュアルであるとは、どんなことか?そういう話は、面白いですよね。よく言われがちな誤解をご紹介しましょう。


1.スピリチュアルなら、ベジタリアンであるべきだ

これはスピリチュアル界の権威や有名なグルの言うことに反しますが、ベジタリアンだからといって、スピリチュアルな訳ではありません。

もし豆腐を食べようとして、間違えてチキンを食べてしまったら、神様は罰を与えるんでしょうか?”スピリチュアルでない”という烙印を押される?まさか!

 

2.スピリチュアルなら、俗世間から離れるべき

手放すという教えは、全てから身を引くということではありません。全てなるものの一部である私たちが、どうやって世界から自分を切り離すことができるでしょう?

手放すという言葉の真の意味は、「どうでもいい」ではなく、「自分はそれに対して怒ったり、ネガティブな反応をしない」というものです。その中にいても、心を乱されることがない状態を言います。

 

3.スピリチュアルなら、禁欲的であるべき

スピリチュアルであるために、山に行って孤独に暮らす必要はありません。仏教の開祖・ブッダも、激しい断食などの苦行は体を弱らせるだけだと気付き、そこから離れてようやく悟りを開きました。宇宙が、もともと人間の体に備わっている機能を否定するようなことをするでしょうか?

 

4.スピリチュアルの道に入ると、人生がスムーズになる

スピリチュアルの世界では、一旦、自分の正しい道や目標が見つかると、そこから素晴らしい人生が展開するように言われがちです。けれどもスピリチュアルの道程を歩くということは、自分の恐れや思い込み、欲望、現実に直面していくということです。道の途中で転んだり、ケガをすることだってあるのです。でも全ては必要なものだったと、いずれ分かります。

 

5.スピリチュアルは、胡散臭い

アウェイクニングをショートカットしたい人にとって、迷信のようなスピリチュアルの教えは、時に便利です。また、スピリチュアルを疫病のように邪悪なものだと考える人もいますし、利益率の高い、美味しいビジネスと考える人もいます。そうした全てが、スピリチュアルは胡散臭いという論拠を作り出します。

しかしスピリチュアルの世界は科学で証明すべきものではなく、そこに頼ろうとすると、どんどん本質から離れてしまいます。

 

6.サイキック能力があるほど、よりスピリチュアルだ

私たちに備わるギフトは、人によって異なります。サイキックパワーが、進化の物差しになる訳ではありません。

 

7.スピリチュアルは、現実を逃避する方法の一つだ

スピリチュアルの話題は、現実から逃避するためのファンタジーとして使われることがあります。けれども真のスピリチュアルは、自分の現実により向き合うことになります。ありのままに全てを眺め、一体感を味わい、現実そのものに対する認識を変える。それは現実から目を逸らすことでは決してなく、いかに現実と関わるかを模索する方法なのです。

The Dark Side of Raising Your Vibrations by Den V in 2 Empower Thyself


スピリチュアルであるのが偉いとか賢いみたいなのが、そもそもの誤解ですよね。

胡散臭いに決まってるじゃないですか、と私なんかは思います。でもそんなこと言ったら、みんな胡散臭いですから、その辺は気にしないで行きましょう。

人それぞれに道のりがあって、誰かと比べて優れているってことはないと思うんですよね。究極的には、自分の道と、自分の幸せがあるだけです。