私がスピリチュアルから足を洗った12の原因

スピリチュアルに興味はあるけど、納得できないところもあるって言う人は多いと思います。ちなみに足を洗ったのは私ではないですよ。念のため笑。


スピリチュアルとニューエイジ

日本でスピリチュアルと言われるジャンルは、アメリカではニューエイジとまとめられることがあります。スピリチュアルというのは、もともとキリスト教的な信心を表現する言葉だからです。

このニューエイジという言葉ですが、アメリカでは「ニューエイジ(笑)」って感じのニュアンスになります。迷信的な人たちが、自分たちの基準で勝手に盛り上がってるけど、そんなに羨ましくないみたいな。

日本で言う「スピリチュアル(笑)」に近いと思います。

扱うジャンルも、だいたい同じです。アメリカで日本未発売のオラクルカード等、スピリチュアルグッズが欲しかったら、ニューエイジストアで検索しましょう。

さて、今回ご紹介するのは、2012年の旧アセンションまではニューエイジにのめり込んだけど、嫌になって足を洗ったという人の意見です。

原文にあるニューエイジは、スピリチュアルとして訳してあります。

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私がスピリチュアルから足を洗った12の原因
1.意味不明なワーク

スピリチュアルには意味の分からない儀式やおまじない、祈りの言葉があります。マントラを唱えて、天使をチャネリングするなんて、ヒンズーとキリスト教の教義のいいとこ取りをしているだけで、筋違いも甚だしいです。

この世界では、ワークをすることに意義があるので、自分がいかに素晴らしいワークをしているかについても吹聴したがります。

 

2.曖昧な内容

スピリチュアルの教えは、いかにも意味ありげに聞こえますが、偉大なティーチャー、ブッダやキリストは、クォンタムコンシャスや波動がどうしたとか、そんなこと言わなかったはずです。

本来、スピリチュアルの真実とは至ってシンプルで、子どもでも理解できるはずです。表現が複雑になってしまうのは、自分を賢く感じたいエゴの仕業か、マインドに無駄がある証拠です。

 

3.ごちゃまぜの教義

スピリチュアルの世界で言われる教えは、シャーマニズムや仏教、ペイガニズム、ヒンズー教、キリスト教、いろんな教えの集まりです。

伝統があるから偉い訳ではありませんが、まるで電子レンジで作るアレンジ料理のように、もはや原型が何だか分かりません。

それぞれの教えは、ローカルの風土と人種、文化に根付すものであって、その片鱗だけ切り取っても、ただのファッションに過ぎないのです。

 

4.エゴはそのまま

本来、スピリチュアルの教えは、エゴによる幻想を見抜き、自分の持つ本来の力を取り戻すためにあるはずです。しかし自分に自信がない人ほど、マスターたちからの承認を必要としたり、宇宙人にサポートを求めたがります。

また人生が思うように行かない時は、特に周囲の刺激に敏感になり、騒音やネガティブなエネルギーのせいにして自分は不機嫌になります。

 

5.偽の予言

スピリチュアルティーチャーの中には、人々がワンネスに至るためのアセンションや、目覚めと悟りが私たちにもたらされると”約束”する人がいます。

しかし約束された出来事を待ち続けるなら、常に失望だけがあなたを待ち受けます。スピリチュアルの教えを実践するのに、本来ならば、自分の他に、誰も何も必要としないのです。

 

6.アンバランス

スピリチュアルの世界には、男性的というよりも、女性的な原則で動いています。攻撃的、積極的であるよりは、優しく、感情的な面が強く表れるようです。それがアンバランスになれば、必要以上に内省的になったり、感情的に過度に繊細になったりします。

水星の逆行やネガティブなエネルギーやカルマに振り回され、自ら犠牲者になるよう進み出ているかのようです。

 

7.強迫的なポジティブシンキング

常にポジティブシンキングでないと、スピリチュアルな人間として失格みたいなところがあって、いつもポジティブで絶好調でいないと不安になり、無駄にストレスをためる人がいます。

しなやかなバネのように、ネガティブポジティブ、どちらに曲がっても、自分の中心に戻って来れるようになるのが理想です。

 

8.愛と光と罵り

スピリチュアルの人たちは、互いに祝福し合うのが好きです。表面上は、自分の人生がいかに愛と光に満ちていて順調であるかを人に話したがりますが、その背後では、怒りや嫉妬、否定の感情が渦巻いていることもあります。

 

9.スピリチュアルビジネスの儲け主義

スピリチュアルの世界は、セミナーやDVD、本、スクールなど情報サービスが満載であり、そこに参加したり、資格を取ることで満足するという、需要と供給が見事にマッチした世界です。

クリスタルなどのグッズも豊富で、お金とモノがビシビシ幅を利かせます。いいものを持ってたり、多く持ってると偉いと見なされる価値観は、3次元そのものです。

 

10.根本的なネガティブは無視

スピリチュアルの世界では、望みを実現させるためにポジティブな感情ににフォーカスし、ネガティブは無視します。しかしどう考えても目の前に問題があるのに、避けようとしても事態を悪化させるだけです。

自分の根本的な問題には向き合おうとせず、カルマや、他の何かのせいにして、新しいお守りやクリスタルを購入するのは、自分の成長から目を背けているようなものです。

 

11.全て自分の問題

スピリチュアルの世界には、人生のあらゆる不運、病気や交通事故、仕事がうまくいかないなど、全部自分の責任と考える人がいます。もちろん自分がコントロールできる範囲の出来事であれば、そうかも知れません。

しかし自分がコントロールできないことまで自分や前世のカルマのせいして背負い込むのは、苦しんで生きることを自ら選んでいるようなものです。

 

12.常識の欠如

スピリチュアルの知識が豊富だったり、エネルギーに敏感だったり、見えない友達と会話できたり、そんな話題を気の合う人と語り合う分には楽しいかも知れません。

けれども現実の人間関係から離れ、自分の世界に入り込んでしまったり、自分自身や周りの人たちを幸せにできないなら、スピリチュアルはただの自己防衛や自己弁護でしかありません。

12 Reasons Why I Got Out Of New Age in Conscious Reminder


英語だとニューエイジ・ブルシット(クソほど役立たずなニューエイジ)という言い方が定番なくらい胡散臭いと思われていて、で、実際、胡散臭いんですよ笑。

日本のスピリチュアルでも、ここに書かれているようなことを実際に感じて、距離を置いたことがあるという人もいるかも知れません。

スピリチュアルに向き合う温度や距離は人それぞれです。

でもいろんな形があるにせよ、それぞれの道のりで、私たちは自分を探索し続けているんだと思います。