エリック君が語る ”アストラル界から見た虐待”

とても繊細なテーマであり、過激な内容なので、動揺しそうな人はやめておきましょう。私も全然大丈夫と思ってたんですが、訳しながら結構動揺しました。歯ごたえあり過ぎです。


※チャンネリング・エリックは、亡くなった20歳の青年エリックがアストラル界からお送りするスピリチュアル学習番組です。

登場人物

  • 母: エリックのお母さん。この番組のMC。
  • エリック: アストラル界の住人

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虐待はコントラクト?

母: 家庭内暴力や子どもの性被害や、虐待をしたり、虐待されることを選ぶ人って言うのは、どうしてなの?

エリック; 楽しいからだよ。

母; ちょっと悪い冗談ね。

エリック: ごめんごめん。虐待って言うのは、人間関係を把握する方法の一つなんだ。特定の人間関係において、自分がどんな役割を担うかは、もちろん転生前にコントラクトとして決めて来る。多くの場合、虐待のコントラクトにサインをしている人たちは、ある特定の人には虐待をされるけど、別の人とは全く普通の関係を築く場合が多いと思う。

母: つまりそのコントラクトは、特定の人との間だけで結ばれてるってこと?

エリック: そうだね。もし虐待をする人が、誰にでも同じような反応をするとしたら、それはその人の個性の問題だ。個性として自分で決めたものだから、自分でワークすべきだ。でも、ある特定の人にだけ虐待的な態度で、それ以外の人にそうではないなら、それはコントラクトだろうね。されるがままになってたら、君は手ごろな”贈り物”になっちゃうよ。

母: 犠牲者は無力だってこと?

エリック: 違う違う。そういうつもりじゃない。被害者も、加害者のところに行って、「もういい加減にしてくれ」って言う権利があるってこと。僕が話してるのは親しい間柄のことであって、タクシーを君が先に捕まえたのを怒鳴るとか、列に横入りしてくる人をどやしつけるとか、そういうのは虐待じゃない。それは、その人の個性。そんなふうに生きてたら、美しい瞬間を沢山見逃すだろうけどね。

母: そうね。

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虐待から学ぶこと

エリック: 虐待のコントラクトは、いろんな形で現れる。感情的な虐待だったり、言葉の虐待、肉体的な虐待。どれも本当に恐ろしく酷いものだよ。「ヘイ、僕にも一つくれよ。僕も学んでみたいんだ」なんて言う人は、まずいないだろ。

母: 私たちは、虐待されることで何を学ぶの?

エリック; まずは境界線を学ぶよね。コミュニケーションの方法もそうだし、自分の感情を理解する方法も学ぶ。これは頭とハートの言い争いみたいなものだから。子どもだって、自分がまずい場所にいる時は、直感的にやばいって気付くんだけど、たいていその場に関わった大人が、その直感を台無しにする。「大丈夫、我慢して。誰にも言っては駄目だよ」なんてさ。

母: よくあるよね。

エリック: まずここでのレッスンは、自分の最も純粋な本能と感情に気付き、それを尊重し、従うってこと。そうしないのは、君は虐待のコントラクトに合意のサインをしたことになる。「私は大丈夫。他の人はダメかも知れないけど、私は我慢できる」って、君は考えるかもしれない。でもそんなの大丈夫じゃない。もし最初の直感に従っていたら、虐待のレッスンを学ぶことはなかった。時々、人は10年も20年も虐待的な関係を続ける。心が麻痺して、そこから離れることは出来ないと感じる。でもね、一旦そこを抜け出したら、たとえ一週間だろうが10年経ってようが、虐待を受けていた期間だけがぎゅっと凝縮されしまってて、まるでタイムワープをしたみたいに感じるんだよ。

母; 虐待をする人たちは、何を学ぶために来てるの?

エリック: これを聞いたら、本当にクソだって思うだろうけど、被害者になるよりも加害者になる方がずっとハードルが高いんだ。被害者は、そこから去ることで状況をコントロールできる。もちろん拘束されてる場合なんかは別だよ。一般的な話として。

母: うん。

エリック: 被害者は、加害者よりもパワーを持ってるんだ。そうは見えないけど。

母: ごめん。全然言ってることが飲み込めない。

エリック: 加害者は言葉や肉体を使って支配しようとしているけど、それは偽物の力だ。つまりね、加害者になることが難しいのは、加害者の方がエネルギーがこじれてるからなんだ。被害者が簡単だとか言ってる訳じゃないよ。でも被害者は、加害者よりも、自分を癒し修復する力と強さを持ってるんだよ。

母: でもなんで彼らはそうすることを選んだの?虐待をするために生まれてきたんじゃないでしょ?

エリック: 虐待ってすごくネガティブなことで、悪魔の仕業だと思う人も沢山いるよね。でもね、多くの場合、それは自己犠牲なんだ。多くの場合、その人の魂自体は、全くそんなじゃないんだよ。こっち(アストラル界)で会って話したら、全然エネルギーが違うと思う。加害者になったのも、自己犠牲というテーマでの役割の一つであり、カオスを作り出すことで、相手にレッスンとヒーリングと喜びを与えらることが出来るからね。

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虐待から立ち直る

母: 虐待からは、どうやって立ち直るの?

エリック: 被害者の立場の話?

母: うん。

エリック: ヒーリングは、マインド・ボディ・ソウルの全ての面から考えるべきだ。どうして君は自分の力を相手に明け渡してしまったかについて、よく考えてみよう。精神的には、相手が自分より賢く素晴らしい存在だと考えて、相手にコントロールを握らせてしまった。感情的には、そもそも最初の時点でためらいや居心地の悪さはあったかい?肉体的には、どこかで拒否反応があったはずなのに、どうしてそれに耳を傾けなかったんだろう?スピリチュアル的には、どうして自分の力を相手に渡し、全面降伏してしまったのか考えてみよう。

母: 自分のどこかに弱さがあったんだと思う。

エリック: これらは全部は、君がレッスンを学ぶために起きてる。そのレッスンが終わって、自分ではもう大丈夫だと思っても、トラウマを扱う時はデリケートにならなくちゃいけない。記憶が何度も戻って来て、憑りつかれたみたいんあるなら、そこには、まだ見つかっていないレッスンがある。レッスンを大人になるまで持ち越してきてる場合、奥の方に埋まってて、表面上すぐには出てこないことがあるからね。思い出してみて、心が揺らがないようなら、癒された証拠。許しっていうのは、忘れることなんだ。

母: うん、でも…。

エリック: 分るよ。本当にクソみたいな話だ。君は許し、抱きしめ、抱えていく。なぜならそれが君自身だからだ。自分自身をデザインし直すことは出来ない。過去はやり直せないんだ。

母: うん。

エリック: 過去を変えることは出来ない。でも実際のところ、過去は同時に起きてるよね。だからそこに戻って感情を修復することはできるんだ。ヒプノセラピストを探すといいよ。自分を虐待した人を再び信じられるようになったり、似たような人と親しくなることがあっても、もう次は同じ目には合わない。同じように扱われたらどうしようという不安を持ってると、そんな人ばかり引き寄せるようになる。

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被害者意識を超える

母: いつまでも被害者のままでいる人と、虐待から立ち直る人がいるのはどうして?

エリック: まず「サバイブした」(※訳注:虐待を乗り越えることをサバイブ、乗り越えた人をサバイバーと呼びます)っていうのは、「もはやサバイブする必要がない」っていう意味だよね。でも、みんないつまでも自分のストーリーを繰り返し反芻するでしょ。本当にトラウマ的な経験だったっていうのは分るんだよ。軽く考えてるんじゃない。でもね、自分をサバイバーだと定義することで、自分がサバイブしなくちゃいけない状況を作り出すんだよ。

母: そうやって思ってる人は多いよね。

エリック; そうじゃなくて、新しい場所で自分を花開かせようよ。サバイバーモードでいる必要なんかないんだよ。君が新しい関係に入ったなら、古いストーリーを繰り返し流す必要はないんだ。なんでかって言うと、君は新しい花だからだよ。それは確かに君の歴史の一部だよ。でも今ここにいる君自身や、君が行う選択に影響は与えないんだ。

Abuse, part 1 in Channeling Erik

Abuse, part 2 in Channeling Erik

Sexual and Childhood Abuse in Channeling Erik

Poor Me. Are You A Victim? in Channeling Erik


虐待はなぜ起きるのかについてのスピリチュアルな説明は、きっと沢山あって、今回の話もそうした解釈の一つに過ぎません。そして自分にとって”正しい”解釈とは、自分が一番楽になる解釈でいいんだと思います。

こうした繊細なテーマについては、読めば絶対動揺する人がいると思うのですが、自分を許し、力と自信を取り戻し、前に進むきっかけになればいいなと思って書いています。もちろんエリックチームも、それを願ってテーマを選んでいると思います。

正直、虐待の種類によっては、相手を許せるかどうかは非常に難しいと思いますし、許す必要もないと思います。ただ、忘れてしまうまでに傷を癒すことは出来ますし、そしてそれは自分を守ることでもあると思います。

私たちは新しい場所で咲いている新しい花ですからね。

そのつもりで咲き誇りましょう。