カルマとは何で、それはあるのか、ないのか?

結論から言えば、どう考えるかは個人の好き好きだと思いますが、いろいろ考えるにつけ、非常に興味深いです。


カルマの法則

カルマというのはサンスクリット語で行いを意味する言葉です。自分の行いが自分に返って来る、要は因果応報ってやつですが、ネガティブな行いをすれば自分にネガティブが、ポジティブな行いをすれば、自分にポジティブが還って来ると考えられます。


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外側のカルマ

たとえば誰かに意地悪をしたら、それが巡り巡って自分に返って来るから、意地悪をしないようにしようっていうのが、一番スタンダードなカルマの説明です。ネガティブなカルマを作りたくないなら、ポジティブな行いをすることでカルマは解消できると考えられます。
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内側のカルマ

自分の中にある怒りや悲しみが、相手に対して同じ反応を作り出すことがあります。たとえば人間関係で同じケンカを繰り返したり、同じような流れで人を傷つけてしまったりというようなことが、誰にでもあります。

これは自分が持つネガティブな感情が、ネガティブな反応を創り出しているためで、これを解消するためには、その感情を癒し、ポジティブな反応を作り出せるようにすればいいのです。
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前世のカルマ?

何も悪いことをしていないのに、生まれついた環境が辛かったり、不測の災害・事故に巻き込まれたりするとき、カルマの法則がどうこれを説明するかと言うと、前世のカルマが悪かったということになります。もしくは家系に受け継がれたカルマがあるなんて話にも発展します。なんか余計なものを背負っちゃったみたいで、気分が重いですよね。


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平行世界とカルマ

現在のスピリチュアル業界では、時間は直線上に並んでいないため、前世ではなく平行世として考えるのが最新の潮流です。この理解に従うと、全ての転生は同時に存在していると考えますから、過去に遡ってカルマを正す必要もないのです。今あるネガティブな状況は、今それを改善することで、カルマを解消できると考えます。

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宗教の教えとカルマ

カルマはヒンズー教や仏教で見られる考えですが、良いことをすれば天国に行けて、悪いことをしたら地獄に落ちると言い換えれば、キリスト教にも当てはまる考えです。そうした教えは世界中のあらゆる宗教に備わっています。宗教とは、教えを通じて、もっと言えば恐れを通じて、行動規範を制約するものでもあるからです。

この教えには良い面とそんなでもない面があり、一定の秩序を与えてくれるところは良い面なのですが、善悪二元論やヒエラルキーを作り出すことで、結果、私たちが縛られてしまうのは、あんまりよくないんじゃないかと私は思います。苦しいですからね。


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宇宙と自由意志

宇宙には善悪という基準がないと言われます。起きることは、それが起こるべくして起こっているだけだと考えます。ですから何か自分にとって悪いことが起きたとしても、実はそれが必要だから起きているという説があります。

そして宇宙は自由意志の法則で動いているとも言われます。私たちが生まれる肉体や環境、人生で学ぶべきこと、果たす目的などは、転生前に全て自由意志で決めてやって来るのだそうです。

じゃあなんでキツい状況をわざわざ選んで生まれてきたりするかと言うと、その状況で学びたいテーマがあったり、そこで果たす目的があったんでしょうね。

悪いことをしたから、その罪を償うために、私たちは生まれてきていると思いたい人は、それも自由意志のチョイスです。でも善悪なんてないんだから、起きてることは、自分の学びに必要だから起きてると思うのも、自由意志のチョイスです。これはどっちが正しいとかじゃなくて、自分の好きな方を選んでいいと思います。自分の好きな思考を選んで、自分の現実を組み立てることが出来ますからね。
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今ある現実を変えよう

私たちは自分の現実を変える力があると言われます。その点において、私たちは創造主の力を持つとも言われます。つまりカルマの良し悪しに関係なく、あなたがより良い現実を生きたければ、ポジティブな選択をし続けることで、それを作りだすことが出来るのです。

思考が現実を作るというのは、正確に言えば、あなたの思考によって現実に対する見方が変わると言うことです。起きたことは起きたこと。それを起きてないものにすることは出来ません。けれども何が起きたかの理解を変えることで、たとえばネガティブなことでも、ポジティブに変質させることが出来ます。

どんな悪い状況が起きようとも、自分は必ず乗り切って見せると言い切れる時、私たちは本当にカルマから解消されるように思います。


私は事故で片目の視力を損なっていて、それが遠因となって以前の仕事をやめています。当時はもちろん、何だこりゃと思いましたが、でも振り返ってみれば、それが切っ掛けとなって、自分の本当に好きな人生を送れるようになりました。むしろこれ幸い。何がカルマなのか、人生分からんものです。