エリック君が語る”人生の喜びと痛み”

最近いろんなことがあり過ぎて、喜びがどんなものだったか分かんなくなっちゃったと言う人は、ぜひ読んでみてください。


喜びの定義

母: 今日は喜びについて聞きたいんだけど。

エリック: 喜びね。

母: そう。まず、それはどんなものなのかについての定義から聞かせて欲しいな。

エリック: 喜びっていうのは、自分自身でいることに安心と自由を感じることだよ。

母: それはパワフルね。

エリック: 喜びにはいろいろなバージョンがあって、それは人それぞれで違うんだけど、誰にでもあてはまる最も基本的な定義としては、自分自身でいることに安心と自由を感じること。そういう状態でいると、まるで世界中が正しいように感じるでしょ。

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喜びを手に入れる

母: でもどうやってその状態を手にするの?

エリック: それは人それぞれで違うんだ。ただ本当に残念なのは、みんな喜びっていう状態がどんなものか、忘れてしまっていること。人生はとてもヘビーだからね。

母: 私も忘れちゃってるな。残念なメンバーのうちの一人だ。

エリック: 僕が自転車に乗る練習をしたときのこと、覚えてる?

母: 覚えてるわ。

エリック: 補助輪をつけて、はじめて道路を走った時のこと。僕がどんなふうだったか、覚えてるかな。それは最高の気分だったよ。最高に自由だった。自分が最高にイケてるキッズになった気分だった。あんな気分は、なかなかないよ。

母: 自転車、好きだったよね。

エリック: うん。僕が自転車で走ると、みんなが遠ざかって見えてさ。でもみんなそういう経験が、必ずあるはずなんだ。喜びにあふれる経験をしたことがないって言う人も、沢山いるだろうね。でもちょっと考えて、これまでに経験した喜びのリストを作ってみたら、きっと何かわかるはず。次に僕が覚えてる喜びは、ダートバイク(オフロード用のバイク)だね。

母: あれね。あれはすごかったよね。

エリック: あれも最高だったな。あれこそ喜びだった。もうこれさえあれば、どこにいても世界の王様みたいな気分だったよ。

母: そうね。考えてみれば、私は自分自身には喜びを感じたことがないって思うけど、大切な人が喜んでいるのは沢山見てきたし、それが私にとっての喜びだったかもな。

エリック: それはそれでいいと思うよ。喜びは、どこから来ようと、喜びだからね。喜びは、いろんな場所からやって来るんだ。たとえば喜びは、感謝の気持ちから来る。自分の中に喜びが見つからないっていう人は、ボランティアをやってみるといいよ。なにもホームレスのシェルターに行かなくても、彼らに優しくしたり、それから動物の世話をしたっていい。誰かから感謝をされたり、優しい気持ちをシェアすることで、喜びも生まれる。そういうのは全部、ここ(頭を指す)から離れた行動だからね。自分の抱える問題、自分が問題だと思っている問題から離れて、魂を見つけるんだ。魂とは、喜びなんだよ。

母: 私たちを集合意識として考えれば、誰かに喜びを与えることで、自分も喜びを得られるってことね。

エリック: そうだね。自分には喜びが分からないと考えている人は、そこから始めるといいと思うよ。
 


 

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一瞬の喜び、持続する喜び

母: でも私は、喜びがどんなものだか、まだよく分からない。それは満足とか、育む気持ちとか、優しさと関係してるみたいだけど、私が考える喜びって言うのは、もっと花火が上がるみたいな感じで、ワオ!みたいな。

エリック: そういうのもあると思うけど、それは瞬間の感情に過ぎないことを忘れないで。

母: 確かにそうね。

エリック: 本当の喜びとは、魂が自分自身でいることに安心と自由を感じる時だよ。それ以外の全ては、そこから派生するものに過ぎない。

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痛みを見つめる

母: 持続する喜びは、どうやって手に入れればいいの?

エリック: それは何より難しい質問だね。それは主観によっても異なる。でもきっと問題が出てくるのは、自分の中に入って感情を見つめたときに、まだ癒えていない傷が見つかる時だよね。心の傷は、いろんなことのハードルになるからさ。こう言ったら陳腐に聞こえるかも知れないけど、内面の平和を感じる最善の方法は、全てを許すことかな。これまで自分が間違ったと思ったり、ひどい経験をしたと思ったこと、全てを手放すんだ。そのためには、まずは自分が苦しんでいることは何なのか、見つける。それから、それを手放すことは出来るか考える。どうして自分の頭の中で考えてることで、自分が苦しまなくちゃいけないのか。まるで自分が自分を拷問にかけてるようなものでしょ?

母: そうだよね。

エリック: その苦しみの中にいたら、喜びを持って生きることは出来ないよ。それはね、苦しいのは分かるよ。なんで?どうして?、沢山の解けない謎があるだろう。でも誰かを責めたところで、何も始まらない。最終的に大事なのは、君はそこでは生きていけなかったと知ることなんだ。こういうワークは、みんなやりたがらない。辛いからね。みんな忙しさにかまけて、何が起こっているかを見ようとしない。でもね、誰でも喜びの中で生きるために生まれてきたし、そうやって生きる権利があるんだよ。君の思う喜びが狭められたリ、それが手に入らないってことは、そこは君の住む世界じゃなかったってこと。だから前に進むんだ。

母: 誰にでも、本当につらい経験はあるけど、でもそこから自分の本当の喜びや幸せについて考えるようになったり、優しさや愛、どうやって自分の心を育むかを学ぶもんね。自分の魂が自分自身でいることに安心と自由を見出すため、つまり自分の中に喜びを見出すために、そのプロセスの中で、私たちは本当に多くのことを学ぶと思う。その経験に感謝して、痛み自体は手放すべきなのね。

エリック: ピンポン、ピンポン!大正解。それは本当にポジティブに正解だよ、ママ。そうやって喜びを見つけるんだ。

All About Joy – Channeling Erik


もう前になんか進めないし、進みたくもないと思うことは、いくらでもありますが、でも後から考えると、前に進んだことを後悔したことはないなって思います。

喜びとは、一等賞を取って、やったー!!ってことではなくて、もっと静かなことみたいですね。エリックの話は、じわじわ噛み応えがあります。