エゴによるプログラミングをアンインストールし、本当のあなたになる

エゴは自分のアイデンティティを守るために使われる、3次元的なツールです。5次元に入るなら、エゴは取り除くべきであるとする人も、手懐けるべきという人も、愛するべきという人もいます。

エゴの仕事

エゴの仕事は、私たちの身を危険から守り、より安全な状態でいられるよう、自分と他人の区別をつけることです。

エゴとは、本来のあなたではありません。それはあなたが自分に対して持つイメージであって、他の人があなたに持つイメージですらもないのです。それは本来の自分を隠すマスクのようなものであり、「こう見られたい自分」という虚像でしかありません。

こうした低次の自分を見つけることは、アセンションのアウェイクニング・プロセスにおいて、絶対不可欠の要素です。エゴというベールの下にこそ、コアの自分がいるからです。

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シャドウセルフ

自分が意識していない、隠れた自分の側面を、シャドウセルフと呼びます。どうして意識しないかと言うと、それはたいがい惨めで、傷つけられたくなくてイジイジした自分だからです。それを隠そうと、エゴが防御線を張ります。そうして生まれるのが、怒りや嫉妬、否定、拒絶など、およそあらゆるネガティブな反応です。

エゴはあなた自身ではありませんが、魂の全体性に含まれるものです。多次元的なあなたの3次元部分と言ってもいいでしょう。エゴが上記のようなネガティブな反応を示す場所に、シャドウセルフが隠れています。そこを掘り返してみると、いい感じに自分の皮が剥けてくるんですね。

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本来の自分に目覚める

本来の自分に目覚めるとは、多次元的存在として、すべての次元の自分に目覚めていくということです。それは前世やETソウルを持つ自分に気付くという、恰好良いことばかりではありません。

自分のあらゆる側面を受け入れることです。ダメな自分や、意地悪な自分、恥ずかしい自分も含めてです。

どうしてみんなエゴを手放せと言うのかというと、あなたが感じている悩み、苦しみ、モヤモヤ、葛藤、不安、スッキリしない感じ、絶望、満たされない感じ、孤独、焦燥感などなど、そうしたネガティブな感情の一切に、エゴが裏で糸を引いているからです。断言しますが、これは元を辿れば100%自分のエゴの仕業で、他の誰のせいでもないのです。やだ、怖い。

ただしエゴを100%捨て去ったり、無視することは出来ません。でも上手く手懐けて、コントロールすることは出来るのです。

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プログラミングに気付く

しかしラッキーなことに、エゴとは自分を守るコンピュータシステムのようなものであり、そのプログラムを組んだのはあなたではありません。それは他の誰かや、学校・社会によって、あなたというシステムにインプットされたに過ぎないのです。

ですからそのプログラムをアンインストールすれば、エゴもニュートラルに戻り、気分のモヤモヤが減ります。

間違った古いプログラムと、それをリセットするための新しいプログラムの例をいくつかご紹介しましょう。

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腹が立ったら怒るべき → いちいち怒らなくても大丈夫

人が怒るのは、その人がネガティブな意識やこだわりを抱えているということです。誰かにつつかれると、つい怒っちゃうポイントって、思い当たりませんか?相手が言ったりしたりすることは、相手の現実の反映であり、それはあなたの現実とは別の世界です。だから誰かに言われたことなんて、気にすることはないんですよ。

高次ではバイブレーションが高くなるので、相手を怒らせるようなことはそもそも思いつかなくなります。

 

勝負には勝つべき → 勝たなくても大丈夫

ゲームや勝負に挑むことを通じて自分が向上することもありますが、大きな視点で見たとき、全体に成長があるなら、個人的な勝ち負けはどっちでもいいのです。

高次では、エゴの意識が揺らぎ、自他が曖昧になるワンネスの状態に入りますので、どちらが勝っても結局は同じことになります。

 

自分が正しいと分かってもらいたい → 正しくなくても大丈夫

自分が思う正しさは、相手の思う正しさとは異なります。その理屈は理解出来ても、正しさとは、その人の人生経験の全てを通じて築き上げてきた価値観であり、手放すのは容易ではありません。でもあなたが間違ってないことは、最大の味方であるあなた自身が理解して、認めてあげれば、それでいいんですよ。

高次では、正しい間違ってるといった二元論的構造を求める価値観が消えます。

 

優れた人の方が偉い → 優れてなくても大丈夫

みんなそれぞれ魂の目的があり、それぞれの計画に基づいて、この世に生まれてきました。あなたの目的があなただけの特別なものであるのと同様、他の人の目的も、あなたにとってはまるで意味のないことです。比べる必要もありません。

高次でも、個人としての意識を完全に失うようなことはありませんが、誰もが愛というエネルギーの海を泳ぐ平等の存在だと言うことに気付きます。優越感とは、自分をカテゴライズするためのツールであり、それ以外の何の役にも立たないんですよ。

 

お金や物質的に豊かな方がいい → 必要な分だけでも大丈夫

お金や物質は、自分のアイデンティティを守ったり、心の穴を埋めるのに使うと、「もっともっと」状態になります(お金や物質に限らず、依存症は何でも同じ結果を招きます)

高次では形のあるものより、形のないものの方が意味を持ちますので物質に対する執着が無くなります。心の隙間を感じることがあっても、モノで埋める必要がなくなるのです。エネルギーは無限大ですよ。

 

大きなことを成し遂げた人が偉い → したことで人は決まらない

仕事の肩書や家族の状態で、人の価値を考える人がいます。自分はそうは考えないと思っても、自分のこととなると気にしてしまったり。でもアウェイクニングには、会社もなければ、大学の単位もありません。あるのは、自分だけです。

高次では、行為よりも存在が重視されます。ただ今にいるだけで、あなたは完璧ですから、何をしたかは完全に二の次です。

 

有名な人・評判のいい人はすごい → 人の評価は関係ない

他の人があなたをどう思うかなんて、あなたに関係ないことです。それを拒絶したり、否定するということではなく、あなたはあなたの好きなことにフォーカスしましょう。

高次では、本来の自分の姿であることが何よりのご褒美であり、快楽や喜びであり、完全完璧のパワーです。


プログラムのアンインストールの方法なんですが、

1.まず自分のモヤモヤ(怒り・不安・焦り・孤独など)に気付きます。

2.そう思い込ませているプログラムを見つけます。(例:一生一人でいるのは経済的にも不安だし、年取ってから寂しいよね)

3.それと反対のプログラムをセットすることで、古いプログラムをアンインストールします。(例:そんなの年取らなければ分からない。世界は変わってるかも知れないのに)

そんな感じです。

エゴが薄い状態になるまでには、ガンジーばりの大変な努力が必要と考える人もいると思うんですけど、そうでもありません。エゴがなくなるほど、毎日楽しくなるので、わざわざ自分を縛って苦しい思いをするのが馬鹿々々しくなっちゃうんですよ。

エゴによるモヤモヤと共に生きるのは、自分の部屋でバルサン焚きながら、けむいーって言ってるみたいなものなんですよ。部屋、出ればいいじゃん、みたいな。それか少しずつ窓を開けて、バルサンの風通しを良くしましょう。

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